「本なんて売れるわけ無いだろ」。無気力につぶやく主人公。ぱっとしない弱小出版社の編集者だ。返品された本を断裁工場へ運んだり、入稿間際に逃げた著者の代理で執筆する羽目になったり。刊行計画に間に合わせることを一番の目標に、登場人物が右往左往するこのお仕事マンガには、夢も希望もあんまりない。だが、その心は「出版業界を守りたいからこそ」という。
自身も「小出版社」の現役編集者。勤務の傍ら同人誌を制作してきた。本書の前巻にあたる『重版未定』も元は全28ページ、初版50部の自主制作本。ウェブ媒体で連載を始めると「リアルすぎる」と話題になり、単行本になることに。刊行からひと月で、見事、重版出来(しゅったい)となった。連載は現在も継続中だ。
日本の出版社の多くは小規模で、発行部数も少ない。それでも「『何だこれ』という面白い本を作って、時代の文化を残してきた。書店や取次はそれを支えている。業界全体を守りたいからこそ、変わるべきだと訴えたくて、地に足のついた内容にしたんです」。
大学院を修了し、研究員やニートを経た2007年、日雇い労働をしながらネットカフェで生活した体験を書いた『ネットカフェ難民』を出して、書名は流行語に。翌年には、非正規雇用や格差社会に疑問を持ち、就職活動の実践記を本につづった。当時から「特別な存在としてでなく、多くの人がうなずいてくれる、汎用(はんよう)性のある訴え方」がしたかった。
最新作の同人誌『労働者のための同人誌入門』(電子版は入手可)は、忙しく働く日々に気詰まりする30歳の女性会社員が「私が私を救うのだ」と創作活動を始める物語。裏表紙には「働きながら表現しよう」の文字。「生活のため」のジョブと、「やりたいこと」であるワークを分けて考えれば、閉塞(へいそく)感を抱える人もきっと変われる。
「地道に働く普通の人をこそ守りたいんです。考え方次第で見える世界が変えられると提案できたら」。だから「名前一本で生きてやるわいという気概はある」が、会社員をやめるつもりは無い。
(文・真田香菜子 写真・飯塚悟)=朝日新聞2017年9月3日掲載
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