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奥野修司「魂でもいいから、そばにいて」 愛する人を思う、語りの記録

魂でもいいから、そばにいて―3・11後の霊体験を聞く [著]奥野修司

 東日本大震災で家族を喪(うしな)った人々の霊体験を集めた本書が版を重ねている。津波で流された祖母に会った、伯父が電話に出たなど不思議な話ばかりだ。
 災害による精神的後遺症として知られる現象ではある。喪失を乗り越えようという気持ちと、受け入れたくないという気持ちのあいだで揺れ動く心の葛藤を背景に、個人や共同体を回復に向かわせるプロセス——心理学ではそう説明される。
 著者はしかし、学術的な解釈や謎解きではなく、語りの記録に徹した。懇意にしていた宮城県の医師に背中を押された。科学で検証できないことを書くのに躊躇(ちゅうちょ)する著者に彼は言った。
 『遠野物語』には明治三陸地震の津波で妻を亡くした男の話がある。科学で再現できなくとも、「書かれた男にとって、死んだ女房の霊に逢(あ)ったことは事実だよ」。霊体験は、「人間が予測不可能な大自然の中で生きぬくための能力」ではないか、と。
 東北に3年半通い、一人に3度は会った。頭がおかしいと思われるのが悔しくて黙っていた人たちが静かに語り始めた。
 曰(いわ)く、長男が大好きだったおもちゃが動き出した、天井を駆け回る息子の跫音(あしおと)を聞いた、遺体発見の前日に父親らしき人影を見た、予知夢を見た……。
 東北独自の文化も息づく。口寄せで死者の言葉を語る「オガミサマ」に救われた人がいた。死んだ人の魂が山の頂で村人を見守っているという「葉山信仰」に自分の体験を重ねる人もいた。霊はあの世とこの世の境目に漂い、人々を癒やしていた。
 幼い娘と妻を亡くした男性はいった。「成仏してどっかに行っちゃうんだったら、成仏しない方がいい。そばにいて、いつも出て来てほしいんです」
 語りは時と共に変化し、やがて納得のいく物語となって胸に刻まれる。それが遺(のこ)された人の中で愛する人が生き続けるかたちではないかと著者はいう。
 愛する人を喪ったすべての人の「逢いたい」想(おも)いが共振し、今日も一人、読者が生まれる。(最相葉月=ノンフィクションライター)
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 新潮社・1512円=8刷3万8千部 17年2月刊行。30〜40代の子育て世代を中心に支持される。不慮の事故で家族を亡くした読者から「救われた」という手紙が届いているという。=朝日新聞2017年5月21日掲載