モロッコのジャジューカという村には、土地に根付いた不思議な音楽がある。十人くらいの男がいっせいにガイタというチャルメラのような楽器を奏で、そこに太鼓のリズムが加わる。この演奏は儀式的な要素もあり、音に合わせて半獣の毛皮を着た男が出てきて、人間を追いかけまわし、火のまわりを踊ったりする。
ジャジューカのことは、作家のウィリアム・バロウズが、その音の凄(すご)さを、「四千年前からのロックンロール」と紹介したり、ローリング・ストーンズのメンバーだったブライアン・ジョーンズは、村人の演奏を録音して、「ジャジューカ」というレコードを出したりもしている。
このジャジューカ村では毎年、世界各国から募った限定五十人が参加できるフェスティバルが開かれる。二年前、わたしは、このフェスティバルに参加した。
村は、リフ山脈の端にあり、おじさんを乗せたロバがのんびり歩いているようなところで、電気は通っているが水道はなく、広場にある井戸に水を汲(く)みにいかなくてはならない。
もちろんホテルなどの宿泊施設はないので、われわれはミュージシャンの家に泊めさせてもらい、三日間生活を共にする。そして夜は、村の広場で、ミュージシャンの演奏を聴き、狂乱盆踊り大会のような感じになる。
この三日間のご飯が、とにかく美味(おい)しかった。朝は宿泊している家で、朝食を出してもらう。果物、焼きたてのパン、ジャム、コーヒー、ミントティー、どれも素朴だが、体に沁(し)み入ってくる。昼と夜はフェスティバル会場のテントに集合して、参加者五、六人で大皿を囲み、輪になって食べるのだ。タジン、クスクス、サラダ、パン、などなど。
フェスティバルの一日目、会場の木に羊が繫(つな)がれていた。可愛い羊で、頭をなでたりして遊んでいたが、二日目、その木に繫がれていた羊はいなくなっていた。
二日目の夜にタジンが出た。タジンは、モロッコの土鍋で肉や野菜に香辛料をかけて煮込んだものだ。わたしは手で肉をつまんで食べた。柔らかくて美味しかった。
食べている最中、広場で焚(た)き火がはじまると、炎に照らされて、木に羊の皮がぶら下がっているのが見えた。「自分は、あれを食べているのだ」ということに気づいた。
不思議な気持ちになったが、肉の美味さに感謝し、手で肉をつまんで口に運んだ。口内に香辛料と肉の旨味(うまみ)がひろがった。顔を上げ、木にぶら下がっている羊の皮を眺め、指についた油を舐(な)めた。肉を食うとは、こういうことなのだと改めて思った。=朝日新聞2017年11月11日掲載
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