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「ショコラ」書評 名探偵のように事実掘り起こす

評者: 中村和恵 / 朝⽇新聞掲載:2017年03月26日

ショコラ―歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯 [著]ジェラール・ノワリエル

彼が何者なのか、当時もいまも、知る人はほとんどいなかった。19世紀末から20世紀初頭のパリで一世を風靡(ふうび)したサーカス芸人ショコラ、本名ラファエルは、独立前のキューバでスペイン商人に買われ、大西洋を渡った。名字も国籍もなく、連れ添った女性の夫と認められることも、子どもたちの父と認められることも、法的にはなかった。
 ノワリエルは移民史の研究者だが、この本ではアカデミックなスタイルを手放し、再現ドラマ風の台詞(せりふ)劇も入れて、人物像を描く。歴史家の仕事は、限りなく文学に近づく。ただしフィクションではなく、史料に基づいて。貴重だが差別的な同時代の史料に怒りながら、その細部の不協和音に耳を傾け、調査と想像力で隠れた事実を見つけ出す。名探偵のような解読過程を追うのが愉(たの)しい。
 露骨な偏見の一方で、エキゾチックな見世物(みせもの)は大盛況の時代だった。万博、動物園の「原始人」陳列、黒塗りの白人が演じたミンストレル・ショー。アメリカ南部黒人の踊りケーク・ウォークも大流行、コクトーやドビュッシーは絶賛したが、嫌悪を示す人もいた。新聞は黒人リンチとユダヤ人迫害、ドレフュス事件を並べ報じていた。黒人のダンスをめぐる対立は、当時の人種論争の一環だった。
 ラファエルの抵抗の痕を著者は探す。殴られ笑われる役回りの黒人像に彼を封じこめるステレオタイプの暴力や(これには画家ロートレックも加担した)、落ち目とみるや過去形で語り出す一見同情的なジャーナリストたちと、彼は戦ったはずだと信じて。電子データの海でラファエル自身が書いた記事を見つける場面は、胸が高鳴る。自分は生きている、と彼は自分なりのフランス語で、はっきり訴えていた。
 推察は推察として示し、あくまで史料に基づく姿勢を曲げない歴史家が、ショコラは自分のヒーローだという。この厳密さと率直さの同居がわたしは好きだ。
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 Gerard Noiriel 50年生まれ。フランス社会科学高等研究院教授。『フランスという坩堝』など。