高校三年生だった二〇〇三年に小説家デビューし、二〇一五年に芥川賞を受賞するまでは、ゆるい貧乏生活を送っていた。食事は自炊だった。
自分は大食いで、すべて外食で満たそうとすると金がかかる。それに外食は油や砂糖をふんだんに使いカロリーが高い場合が多く、健康面で危ない。あと、食事をする度に外出しなければならないというのがなによりも面倒だ。
自炊はするが料理好きというわけではないので、基本的に、納豆にサラダ、ベーコンや卵を焼いたりが中心となる。毎食違うものを作るのは面倒だ。おのずと、大量生産できる料理を作りおきするようになるから、カレーや野菜スープ、自家製納豆等、色々大量生産した。
芥川賞をとる二年くらい前から作るようになったメニューが、鳥ハムである。
鳥ハムとは、鳥ムネ肉なりモモ肉のすじを取り除き、塩、砂糖、スパイス類をまぶし、ラップとアルミホイルで巻き、五分ほど茹(ゆ)でたものだ。丁寧に作るとフライパンで二本ずつがちょうどいいが、自分は作り方、というより生産の仕方に改良を加えた。
ブラジル産の冷凍モモ肉二キログラムを九八〇円くらいで買ってきたものを解凍し、味付けする。次にラップで巻いたあとアルミホイルは使わず一本ずつビニール袋に入れ、容量四・五リットルの圧力鍋の中へそれらを立てて入れ、三分くらい茹でて上下逆さにひっくり返し、火を止め一時間ほどおく。鍋から取り出し冷凍庫に半分、冷蔵庫に半分しまう。
食べるときはまな板の上でビニールごと輪切りにする。すると、冷えて固まったゼラチン成分も一緒に輪切りにされるから、なんだかちゃんとした料理を作ったような錯覚に陥るのだ。キャベツの千切りなんかとともに、ドレッシングをかけたりし、食す。
鳥ハムこそ、最強のメニューだ。安いし、低カロリー高タンパクだし、おいしいし、大量生産できるし、凍らせて解凍してもそれほど味は劣化しないし、包丁で切って食べたいぶんだけ食べることができる。
朝と晩、毎日のように同じメニューを食べ続けていたところ芥川賞を受賞し、本の紹介とは関係のないバラエティ番組にも出ることになった。その打ち合わせ等で食生活について聞かれ、鳥ハム大量生産のことを話したら、番組の作り手や世間の人たちは、なぜかそれを面白がった。
だから一時期、テレビ局のカメラが家に来ては「鳥ハムを作ってください」と言われ続け、冷凍庫には鳥ハムが四〇本くらいたまってしまい、それ以降、鳥ハムを全然作らなくなった。=朝日新聞2017年06月10日掲載
編集部一押し!
- 売れてる本 最相葉月「母の最終講義」 人生の後半期に想いを馳せて 岡田育
-
- 子どもの本棚 上橋菜穂子さん「私は地図も描かない。見えているのは風景」 講演で創作手法を語る 朝日新聞文化部
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 令和の時代の〈村ホラー〉を楽しむ3冊 横溝正史的世界を鮮やかに転換 朝宮運河
- 展覧会、もっと楽しむ 「かがくいひろしの世界展」開幕 4年で16作! 日本中の子どもたちに笑顔を届けた絵本作家の創作に迫る 加治佐志津
- 滝沢カレンの物語の一歩先へ 滝沢カレンの「ゴドーを待ちながら」の一歩先へ ウラジとエス、カードゲームに熱中して沖合に流され… 滝沢カレン
- ニュース まるみキッチンさんが「やる気1%ごはん」で史上初の快挙!「第11回 料理レシピ本大賞 in Japan」授賞式レポート 好書好日編集部
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社
- インタビュー 読みきかせで注意すべき著作権のポイントは? 絵本作家の上野与志さんインタビュー PR by 文字・活字文化推進機構
- インタビュー 崖っぷちボクサーの「狂気の挑戦」を切り取った9カ月 「一八〇秒の熱量」山本草介さん×米澤重隆さん対談 PR by 双葉社
- インタビュー 物語の主人公になりにくい仕事こそ描きたい 寺地はるなさん「こまどりたちが歌うなら」インタビュー PR by 集英社
- インタビュー 井上荒野さん「照子と瑠衣」インタビュー 世代を超えた痛快シスターフッドは、読む「生きる希望」 PR by 祥伝社