朝、九時ごろになるとオカメインコのマキが起きてきて、寝ているわたしの目尻のあたりをつつく。眼をあけて起きろ、という合図だ。わたしは眠いから反対を向く。するとマキはわたしの頭にとまって唇をつつく。お腹(なか)が空いた、ご飯食わせろ――。
わたしは起きてマキを膝(ひざ)に乗せ、背中に手を添えて頭をカキカキしてやる。マキは眼を細めて甘え鳴きをする。五分ほどカキカキして、わたしは資料棚のそばへ行く。そこにはマキの餌皿と水を入れたコップがおいてあり、マキが食うのを見ながら、わたしはフローリングの床に横になり、また眠る。そうして二時間ほど寝ると、マキがまた目尻をつつくから、起きて窓際の水槽のところへ行く。水槽は三つあり、グッピーと金魚の仔(こ)がいる。ポンプで水槽の底の糞(ふん)を吸いとり、汲(く)みおきの水を足してから餌をやる。餌やりが終わったころ、よめはんが「ご飯やで」と呼ぶから、マキを肩にのせて階下に降りる。「マキちゃん、おはよう」“チュンチュクチュンオウ”よめはんとマキは挨拶(あいさつ)を交わし、わたしは朝飯を食う。本日の献立は、アボカドサラダ、ポタージュスープ、トマトのオムレツ、小さいベーグルひとつ――。マキもキャベツやブロッコリー、オムレツを少し食う。
朝飯が終わると、わたしは甘夏を半分に切って庭に出る。甘夏を木蓮(モクレン)の枝に差し、枝に吊(つ)るしたプラスチックのボウルに『小鳥の餌』をマグカップ三杯分ほど入れる。甘夏はヒヨドリとメジロに、ヒエやアワの混合餌はスズメにやるためだ。スズメ(三十羽を超える軍団)もヒヨドリ(いつも二羽)もわたしの姿をちらっと見ただけで逃げる。まるで愛想はないが、野生のスズメは一年か二年の寿命だというから、少しでも冬越えしやすいように、十年ほど前から餌付けをしている。
スズメのあとは火鉢の金魚とメダカに餌をやる。メダカは約百匹、金魚は五十匹ほどか。みんな去年の春から夏にかけて生まれた仔で、無事に冬を越した。――大阪の屋外で冬越しできるのは、和金、コメット、朱文金といったヒレ尾の金魚だろう――。
わたしが庭に出ているあいだ、マキは窓の桟にとまって、じっとこちらを見ている。「マキ、ここやで」手を振ると、小さくピィピィと鳴く。わたしがどこかへ行かないかと心配なのだ。
庭からもどり、マキを肩にのせて仕事部屋にあがる。よめはんの画室は一階南向きの十六畳の和室だが、わたしは屋根裏部屋に居住している。「不公平やろ」よめはんにいうと、「パソコンと椅子があったら原稿書けるやろ」と、相手にされない。
作家の口福はマキと金魚とメダカ、スズメやヒヨドリとともにある。=朝日新聞2017年04月15日掲載
編集部一押し!
-
著者に会いたい 藤原辰史さん「食権力の現代史」インタビュー 暴力にもっと目をこらす 朝日新聞文化部
-
-
インタビュー 「ゲド戦記」最後のエピソードが刊行! 訳者・清水真砂子さんが振り返る「人生を生き直す、翻訳という旅路」 大和田佳世
-
-
インタビュー 絵本「ひぐま」あべ弘士さんインタビュー クマも懸命に生きている「事実を知ってほしいんだ」 日下淳子
-
新作映画、もっと楽しむ 映画「爆弾」伊藤沙莉さんインタビュー 「それが果たして正義なのか」謎の予言男は問い続ける 根津香菜子
-
鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第31回) 朝井リョウ分析の精度に慄然とする「イン・ザ・メガチャーチ」 鴻巣友季子
-
トピック ネルケ無方×藤田一照×永井均トークイベント「仏教と哲学のあいだで考えたこと」 12月19日に開催 好書好日編集部
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂
-
イベント 戦後80年『スガモプリズン――占領下の「異空間」』 刊行記念トークイベント「誰が、どうやって、戦争の責任をとったのか?――スガモの跡地で考える」8/25開催 PR by 岩波書店
-
インタビュー 「無気力探偵」楠谷佑さん×若林踏さんミステリ小説対談 こだわりは「犯人を絞り込むロジック」 PR by マイナビ出版