「職人の近代―道具鍛冶千代鶴是秀の変容」書評 刃物をめぐる真剣勝負
評者: 中村和恵
/ 朝⽇新聞掲載:2017年03月19日
職人の近代 道具鍛冶千代鶴是秀の変容
著者:土田 昇
出版社:みすず書房
ジャンル:エッセイ・自伝・ノンフィクション
ISBN: 9784622085935
発売⽇: 2017/02/11
サイズ: 20cm/313p
職人の近代―道具鍛冶千代鶴是秀の変容 [著]土田昇
やわらかにして鋭い。独特の文体は、刃物店の3代目店主として父から聞き知った逸話の下地に、あるスタイルを追求する意志が加わったものだろう。刀工の家に生まれた大工道具鍛冶(かじ)の名工・是秀(これひで)の、デザイン性の高い切出(きりだし)小刀のように。
大工の繊細な感覚への挑戦、木彫家に彫刻刀を見せ丸一日の対座、と丁々発止の真剣勝負が面白い。名人は名工を理解する。手練(てだ)れあっての道具だ。しかし近代化は職人に、よい仕事ではなく利益追求を求める。弟子たちに起きた悲劇は、職人の倫理と近代化の矛盾の深さを物語っている。
是秀は近代化を拒否してはいない。師の遺言もあり、日本古来の玉鋼に拘泥せず、素材として優れた洋鋼を用いた。しかし後にデザイン切出をつくったのは、博物館で見たアイヌの「木製のペーパーナイフのような」もの(儀礼具の捧酒箸〈イクパスイ〉か)に触発されて、と語る。実用具と芸術が乖離(かいり)する時代に、彼はあえてオブジェ的な小刀を作製した。