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ラップ、注目度アップ

昨年から今年にかけて出版された「日本語ラップマンガ」の単行本。ちょっとしたブームだ=筆者提供

 「日本語ラップマンガ」に注目している。
 1970年代半ば、米国・ニューヨークのブロンクスで、ダンスパーティーを盛り上げるマイクパフォーマンスとして誕生したラップ。音楽としてのラップやヒップホップミュージックの歴史は、エド・ピスコーのコミックス「ヒップホップ家系図」(プレスポップ)に詳しい。今や世界のポピュラー音楽界で、ヒップホップは無視できない存在となっている。
 日本では80年代半ば、いとうせいこうや近田春夫らが「日本語でラップする」ことに挑戦したが、あまり広がらなかった。90年代にはスチャダラパー&小沢健二「今夜はブギー・バック」やEAST END×YURI「DA・YO・NE」の大ヒットがあったものの、その後、日本語ラップは長い「冬の時代」に突入することになる。
 状況が一変したのは、この数年だ。楽曲のヒットではなく、「MCバトル」というヒップホップ文化の「遊び」が、ファン以外の人たちに驚きをもって“発見”され、ブームが起きたのだ。MCバトルとは、その場で作った即興のラップで言い合う“口げんか”。注目されたきっかけのひとつは、それをショーとしてみせたテレビ番組「フリースタイルダンジョン」(テレビ朝日、15年~、関西では未放送、インターネットテレビ局では視聴可)だろう。

言葉のアート、表現に工夫

 それまでも、ヒップホップ文化をテーマにしたマンガ作品は存在した。井上三太「TOKYO TRIBE」シリーズはその代表だ。ラップだけでなく、不良文化の側面も含めたヒップホップ文化全体が濃密に描かれていた。
 だが近年のブームを受け、新たな日本語ラップマンガが次々と発表されている。それらは「TOKYO TRIBE」のようにヒップホップ文化のメンタリティーや雰囲気を描くのではなく、日本語ラップという言葉のアート=芸術=技術そのものをテーマにしているのが特徴だ。
 ラップは一般的に韻を踏むことでリズムを作り出すが、MCバトルでも即興で押韻しながら物語を作っていく技術が注目される。最近の日本語ラップマンガでも、登場人物たちが口にするラップのリリック(歌詞)は最も重要な要素で、実力派ラッパーたちが監修していることも少なくない。マンガの中で言葉そのものがこれほど重要な役割を果たすジャンルは、これまでなかったのではないか。
 しかし、文字でしかないマンガのリリックから、ラップ独特のリズムを「聞く」ことは難しい。そこで、般若(はんにゃ)・R-指定監修、背川(せがわ)昇著「キャッチャー・イン・ザ・ライム」(小学館)では踏韻部分を太字にし、サイプレス上野監修、陸井栄史(むついえいじ)著「サウエとラップ~自由形~」(秋田書店)では登場するラップをウェブの動画で実際に聞けるようにするなどの工夫がなされた。言葉の表現方法が集中的に磨かれ、マンガ表現全体が豊かになる可能性がある。
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 「TOKYO TRIBE」と最近の日本語ラップマンガの違いをもうひとつ挙げるとすれば、主人公がラップ未経験者である作品が少なくないことだ。マジメな女子高生がMCバトルの熱い世界に巻き込まれていく曽田正人(そだまさひと)「Change!」(講談社)や、内気で自己表現が苦手な高校生が女子ばかりの「ラップバトル部」に入り、自分を解放していく「キャッチャー・イン・ザ・ライム」はその代表例だろう。
 あるジャンルの未経験者が、足を踏み入れた新しい世界で仲間やライバルと切磋琢磨(せっさたくま)して成長していく、というのは少年マンガの伝統的な物語構造だ。「フリースタイルダンジョン」などを見てラップを始めた高校生たちにとって、それらの主人公は感情移入しやすいのかもしれない。
 これらの作品は日本語ラップの実践入門にもなっているが、リスナーの入門マンガとしては服部昇大(しょうた)「日ポン語ラップの美(び)ー子ちゃん」(宝島社)がオススメ。ディープなファンが読んでも面白い。=朝日新聞2018年5月25日掲載