編集者と会食するとき。必ず次のことをお願いしている。
一、内臓(ホルモンとかレバーとかトリッパとか)はNG。二、皮はNG。三、シェアはNG。
こんなお願いが返ってきて編集者は思うだろう。「面倒くさいやつだ」。だから新人の頃は「なんでもOKですぅ。お任せしますぅ」と答えていたものだが、それで失敗すること数回。まったく食が進まず、気分も乗らず、場もしらけさせた。だったらはじめからNG項目を挙げておいたほうが礼儀なんじゃないかと、デビュー三年目あたりから冒頭の三箇条をお願いしている。
ということで、今回は、NG項目の一番目について解説してみたいと思う。それは、私の幼少期に遡(さかのぼ)る。
当時、我が家は母一人子一人の母子家庭で、母と夕食をともにしたことはほとんどない。夜の仕事をしていた母は、夕飯時には家を出るからだ。残された私は電話台の横にぶら下がっている定食屋のメニューから食べたいものを選び、お店に電話する。すると六時頃、それが届くシステム。
「おじさん、いつものようにツケておいてください。母があとで払います」。そんな大人びたことを言う私は、当時幼稚園児。出前にきたおじさんは、なんと思っていただろうか。「こんな小さい子に出前させるなんて。不憫(ふびん)だ」
が、私は、全然不憫ではなかった。好きなものを自分で注文して、好きなアニメを見ながら、だらだらと好きなように食べる。これほどの至福の時間があるだろうか?
日曜日。母の仕事は休みである。日頃留守番させている罪悪感からか、母の家族サービスが炸裂(さくれつ)する。まずは、近所のマーケットまで一緒に買い物。肉屋では、一番上等なロースハムの厚切りを一枚購入。その桜色の美しい肉は、私の分だ。続けて母が注文するのは、見るからに毒々しい肉片の集合体。ホルモンだ。これは母の分。ロースハムとホルモンの値段はあからさまに違う。母に悪いな……と思ってはいたが、だからといって、ロースハムとホルモンを取り替えてもいいとは一度も思わなかった。だって、値段が高いほうが美味しいに決まっている。
ということで、私は好きなものだけを食べて育った。本来は、大人と一緒に食卓を囲み、徐々に大人の食べ物に慣れていくものなのだろうが、私にはその機会がなかった。結果、五十を過ぎた今でも、私の舌は子供向けだ。好きなのはハンバーグに卵焼きに炒飯。こうなったら一生そうなのだろう。
ところがである。=朝日新聞2018年5月12日掲載
編集部一押し!
-
鴻巣友季子の文学潮流 鴻巣友季子の文学潮流(第35回) 映画と小説を深読みして楽しむ「嵐が丘」 鴻巣友季子
-
-
インタビュー 今日マチ子さん「るすばん猫きなこ」インタビュー 猫の一生に託し、震災後の声なき声と向き合う 横井周子
-
-
インタビュー 「うちのツマ知りませんか?」野原広子さんインタビュー「夫に殺意を抱いている女性が意外と多かった」 樺山美夏
-
一穂ミチの日々漫画 カレー沢薫「レベル1から考えるお金の話」(第9回) 身も蓋もない本音に痺れる 一穂ミチ
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
今、注目の絵本! 「絵本ナビプラチナブック」 絵本ナビユーザーに最も人気のある絵本は? 人気作品30冊ご紹介!(2026年1月認定)【プラチナブック】 磯崎園子
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版
-
インタビュー 湊かなえさん「暁星」インタビュー 作家として「言葉」に向き合い、新たな扉開いた PR by 双葉社
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂