――おおきなオウサマペンギンと小さなケープペンギンが、みじかい手足を一生懸命に動かして体操する絵本『ぺんぎんたいそう』が大人気の作家・齋藤槙さん。虹のような色使いでほほえましいゾウの親子を表現したデビュー作『ながーい はなで なにするの?』をはじめ、生命力あふれる動物を描き出すことを得意としている。
ちょっとややこしい話になりますけど、絵を描く時に自分の中に描ける・描けないの基準があって、動物はその動物自体になって描いている感覚があるんですよ。例えばペンギンを描いている時はペンギンになりながら描いている感じがするんです(笑)。人間や虫は、動物ほどそうできないし、建物とか車とかは一番苦手で、それになって描けない。形を描くことはできるけど、魂がこもらないとでも言うんですかね。
動物ってたぶんすごくシンプルで、余計なものがあんまりないじゃないですか。そこにちゃんと共感できるんです。もしわたしに絵を描く使命みたいな、意義みたいなことがあるとしたら、そういう純粋なもの、美しいものをみなさんに見ていただく、っていうところだと思っていて。人間のどろどろしたしたものを描く、っていうミッションは自分の中にないんじゃないかなっていうのを感じています。
――動物を描くことに目覚めたのは、日本画を学んでいた大学時代。「動物園に行って1枚絵を仕上げる」という課題が出て、久しぶりに上野動物園を訪れた。目を奪われたのはもちろん、ペンギン。
ペンギンって、だいたい止まっているんですよ。その時は春だったと思うんですけど、ぽかぽかしていて、ペンギンが止まっていて、わたしも止まっていて、なんだか時間も止まっているような気がして。それがすごく気持ちがよかったんですね。すーっとした時間の中にペンギンとわたししかいない、みたいな感覚になりました。なんかそれでペンギンにひかれた、っていうのがあったんですよね。
張り付いて見ながら、たまに動くペンギンを写真に撮って、それをぱらぱら見ていった時に「ぺんぎんたいそう」って絵本ができるんじゃないの、ってひらめきました。それで作ったのが「初代ぺんぎんたいそう」と呼んでいるものです。その時は日本画の基本の墨一色で、割と写実的に描いたんですけど、卒業後に絵本の編集者さんに「これを赤ちゃん絵本として色付きで作り直したらどうでしょうか」っていう提案をして、今の『ぺんぎんたいそう』に至ったんです。
――赤ちゃん絵本としてリメイクすることになった『ぺんぎんたいそう』。目指したテーマは「踊れる絵本」だ。
もう1回、自分の引き出しを洗い出すために上野動物園と、葛西や八景島の水族館に行きました。ペンギンのいろんな動きを整理して、それを子どもが体操しやすいように組み合わせていくのを大事にしましたね。「おなかとあたまをぴったんこ」とか、1個だけはできない動きをつけよう、とか。
あと、大きかったのは目の表情を入れたことです。オウサマペンギンって黒いところに黒目があるから、ほとんど目が見えないんですよ。「初代ぺんぎんたいそう」もほとんど目の表情は見えてなかったんです。ラフスケッチの段階でも目を点だけにしていたんですけど、編集部の方に「子どもがペンギンになりきれるようにしたいから、白目と黒目を入れて表情をより豊かにするといいんじゃないか」ってご意見をいただいて。踊れる絵本っていうテーマを決めたことで編集者さんとも同じ方向を目指して行けたから、すごく作っていきやすかったですね。
――絵本としては「ちょっとポカンとした感じがすごく自分らしい作品になった」と齋藤さん。けれど「絵だけで言うとわたしっぽくない」とも言う。『ぺんぎんたいそう』は手描きしているが、齋藤さんのそれまでの作品は独自に編み出した貼り絵の手法を使っていたからだ。
細かい作業なんですけど、輪郭線を描いてカッターで切って、たくさんのパーツを新聞紙に並べて、その上から筆で色をどんどん塗っていくんです。わたし、絵を描いていて一番好きなのは色なんですね。貼り絵って輪郭からはみ出すことを気にせずに色をただ楽しんで塗れるんです。それがすごく自分の中では気持ちがいいことで。それをまた元に戻すっていう、一人パズルみたいなことをしています。
『ぺんぎんたいそう』も貼り絵でつくる選択肢もあったんですけど、貼り絵って動きよりは美しく止まった感じを表現するのが合ってるかな、って感じがして。なので今回は手描きして、ちょっと輪郭がにじむようなところがあったりシャープじゃないところがあったりしても、その方が作品に合ってるんじゃないかと思ったんです。でも一応、ペンギンに黒色は使ってないですね。ちょっと茶色っぽかったり、紺色っぽかったり、紫っぽかったり。見えた色を重ねています。
人の肌を見るとすごく分かりやすいと思うんですけど、赤っぽい色とか、黄色っぽい、紫色っぽい、オレンジっぽい、青っぽい、緑っぽい、っていう色が見えてきますよね。それがたぶん、わたしは人より見える方なのかなっていう感じがしています。やっぱり色って生命力を持っているので、そこに魂を込めていく、っていうのが自分には合っているような気がしています。
――画材は、絵本作家を志した高校生の頃から愛用している水彩絵の具。
水彩って色を混ぜられるのがいいですよね。大学の日本画科って、入試では水彩絵の具を使うんです。だから水彩を勉強して受験できるところがいいなと思って、高校生の頃から予備校に通って勉強していました。
ずっと絵を描く仕事に就きたい、と思ってはいたんです。絵本作家になりたいと思ったのは高校1年生の時だったかな。ブラスバンド部だったんですけど、高田馬場駅前の本屋さんで立ち読みして帰るのが日課になっていたんです。そこで昔好きだった絵本に再び出合って。高校生くらいになると絵本の体験って忘れちゃってたんですけど、「これすっごい好きだった」って、ば~って思い出せるんですよね。それで、こういう風に自分の中に深く残っているものを作れる仕事っていいかも、って思ったんです。
ひとつの作品を作るのにいつも丸3年はかかっているような気がするので、たくさん絵本を作っていきたい!って希望はないんです。これからは出版絵本と合わせて、私家版も同時に作っていけたらいいなと思っています。本当に少しの人にしか伝わらないであろうけど、自分がどうしても描きたいものが作れたらいいな、って。わたし佐々木マキさんの『ぶたのたね』がすごく好きなので、ああいうちょっとナンセンスな絵本をいつか作れたらなあ、って思っています。