本が売れないといわれる時代に、本についての本が増えているような気がする。本を送り出す側の危機感のあらわれなのかもしれない。
刊行してすぐに話題になった『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子・著、河出書房新社)は、書店員だった著者がさまざまな出会いを通して自身の悩みと向きあい、前向きな決断をする私小説的な物語で、ストーリーもおもしろかったのだけれど、個人的に印象にのこったのが物語の背景となる書店の描写だった。著者が働いていたある書店の売り上げの減少と、それにともなう書店の大きな方針転換。書籍を減らし、売り上げに貢献する雑貨を中心に据えるというのはやむを得ない経営判断なのかもしれないけれど、大好きだった書店の文化が失われることに著者は耐えられないほどの苦しみを感じていたのだった。著者は現在、東京・日比谷に今春オープンした、女性のための新しい本屋「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長を務めている
本って、出版って、これからどうなるんだろう。あらためて本の未来に思いを馳せつついくつか読んだら、なんだかいい本ばかりだった。以下に紹介する三冊はすべて、本の送り手側にいる人が書いたものだ。それぞれに違ったテイストながらどれも時代を鋭くとらえていて、それゆえ陽気ではない。でも暗くもない。現実には簡単に絶望しないぞ、という芯の強さが感じられる。
『拝啓、本が売れません』(KKベストセラーズ)というド直球なタイトルの本があった。2015年に小説家デビューした「平成生まれの糞ゆとり作家」である額賀澪氏が、売れるためにはどうしたらいいのかを探るべくいろんな人に会いに行くエッセイだ。
敏腕編集者、有名書店の店長、Webコンサルタント、ブックデザイナー……誰かに会いに行くたびに、著者はあらたな気づきを得る。過去作品への反省と新作への奮起。そして終章ではついに新作が完成する。読み進めるごとに著者の成長を追体験できて、エッセイでありながらすぐれたノベルでもあった。
「ごりごりのゆとり世代」と自称する著者からは逆に、ゆとり世代と呼ばれることへの反骨心がのぞく。自作の初版発行部数が減ったことを告白する部分で著者はこう書く。
ついこの間まで大丈夫、大丈夫と連発していた人達は、突然「あいつはもう駄目だ」と言う。《大丈夫》と《やばい》は紙一重。ゆとり世代は、それをよく理解している。世界は常に掌を返す時機を虎視眈々と狙っている。P103-104
すでにゆとり教育は失敗だとされ、学習指導要領は大きく転回した。ゆとり世代たちはその落とし子とされただけでなく、車離れ、旅行離れ、恋愛離れ……さまざまなレッテルを貼られつづけてきたのだ。
本が恵まれない時代に小説家として生きていく。それはゆとりとは無縁の生き方だろう。担当編集者の「ワタナベ氏」とのかけ合いが絶妙で、語り口は柔らかな印象だが、著者が自分に厳しい人だということはことばの端々から感じられる。7月には著者の新刊が出るそうで、こちらも楽しみだ。
2冊目はエッセイ漫画。編集プロダクションの殺伐とした日常をほんわかキャラで描いた『編プロ☆ガール』(ぶんか社)は既刊『重版未定』(河出書房新社)のエピソード0にあたる。
『重版未定』では弱小出版社の編集者が主人公だったが、本作はその主人公が以前働いていた編プロが舞台。新入社員の「束美ちゃん」が主人公となり、激務と理不尽に耐えてヒット作を送り出すべく奮闘する。キャラのかわいさとは裏腹に、各章のエピソードはなかなかにエグい。過労で心が壊れてしまったデザイナーのサンカクさん、クライアントである出版社からの罵詈雑言、多忙に端を発した誤植の嵐……どれもほぼ実話だというからおそろしい。それでも束美ちゃんは困難にめげず編集者として全力投球する。
著者の編プロ時代の苦い経験が存分に生かされた内容だが、束美ちゃんには出版の未来への期待を込めたのだという。作品唯一の希望ともいえる束美ちゃんのラストがフィクション、というのがこれまた世知辛いのだけれど、それでも出版文化に希望を持ちたい、という著者の出版文化への熱い想いが伝わってくる。
最後は雑誌『WIRED』日本版の編集長を務めた若林恵氏による『さよなら未来――エディターズ・クロニクル2010-2017』(岩波書店)。『WIRED』へ寄稿したものをはじめ、著者のさまざまな文章を集めて構成している。エッセイ集という表現では軽すぎる。さまざまな思索のかたまりのような、鉱物のような感じのする本だ。
自身の思考スタイルを「混ぜっかえし」と言いあらわす著者は、ものごとを惰性でとらえず、つねに原理から考え直そうとする。そうでなければ予測の範囲内にしかたどりつけないのだという。 『WIRED』の特集はAI、仮想通貨、ウェルネス、などさまざまだが、それぞれに対応する文章が音楽のことだったり、映画のことだったりして、テーマと全然違っている。でもなにかが通底しているのは、著者の姿勢がぶれないからだ。著者が見たいのは確かな未来で、そのためには現在をとことん突き詰めて考えるのだ、というかたくなさによって、ばらばらに見える断片はみごとにひとつの思考へとまとまっていく。あまりのみごとさに読んでいてじんわりと感動してしまう。
この本を知ったきっかけはTwitterに流れてきたひとつの文章だった。岩波書店の担当編集者が刊行に寄せたそれはとても素敵なエッセイで、こんなの買うしかないでしょ!と思わされたのでこちらもおすすめしたい(https://sayonaramirai.com/behind-the-scene/)。
さて、紹介した3冊を並べてみたら、どれも装丁がかわいいことに気づいた。そうだった、この本たちは第一印象からなんかいい感じだった。ぜひ書店で手に取ってみてください。