「西欧古代神話図像大鑑」書評 信仰と欲望、明快に示した古典
ISBN: 9784896941418
発売⽇:
サイズ: 23cm/684,12p
西欧古代神話図像大鑑 全訳『古人たちの神々の姿について』 [著]ヴィンチェンツォ・カルターリ
古代文化が復興したルネサンス期は、キリスト教の側から見ても古代神話の豊かな寓意(ぐうい)や物語を借りて宗教教義に魅惑的な「イメージ」を与える改革期であった。そこで必要になるのは、神々の姿かたち、行為、性格、ファッションなどを一覧できる「神々図鑑」である。
その決定的古典といえる本書の翻訳完成に快哉(かいさい)を叫びつつ、内容がキリスト教の枠をはみ出してワールドワイドである点にも驚嘆した。実際、この時代に日本の天正少年使節が西欧を歴訪し、カルターリ没後の刊に日本の神々すら図示されたのだから。
従って神についての説明も明快で大胆である。獣にはない「信仰心」を具(そな)えた人間は、目に見えない神に形を与え、それを崇拝する技術を有する。たとえば愛の神キューピッド(クピド)は、太陽が何者をも光で触れて温めるように、すべてを情熱的に追い求める男の情欲を表す。
その欲望が強すぎると過ちも犯すので、目隠しをして恋の矢を放ち、光る松明(たいまつ)を掲げた若者に象(かたど)られる。その母親は情欲の女神ヴィーナス(ヴェヌス)であり、父神の睾丸(こうがん)が投げ込まれた海の泡から誕生したゆえに、貝殻に乗った全裸の美女と表現される。海の貝は交接のとき完全に開いてすべてを見せるので性交の悦(よろこ)びをあらわす。ときに、彼女の足元に亀が描かれるのは、交尾するとき腹を上に向けねばならず無防備となって命を落とす危険を知らせ、子を産む以外の情欲を慎むべきだとの訓戒である。
こうしたセクシーな図像集を介して古代神像は復活し、フィレンツェのように裸体彫刻だらけの街も出現するわけだが、この寓意手法が同時期に神秘学・錬金術の奥義やエジプト象形文字の解読にも活用された。
私たちも本書を手にすれば、ルネサンス期の神像に隠された信仰と欲望をきっと見透せる!
◇
大橋喜之訳、八坂書房・7140円/Vincenzo Cartari 16世紀イタリアの文人。フェラーラ公の援助を受ける。