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絢爛なイメージと戯れよ 山尾悠子、皆川博子、澁澤龍彦……「幻想文学」再注目の理由は?

 伝説の作家・山尾悠子の新刊『飛ぶ孔雀』(文芸春秋)が5月に刊行され、話題を呼んでいる。山尾悠子は1975年のデビュー以来、寡作ながら純度の高い幻想小説を発表し、熱狂的な読者をもつ作家だ。8年ぶりとなる長編『飛ぶ孔雀』は、〝火が燃えにくくなる〟という現象が蔓延した世界を舞台に、夢とも現ともつかないエピソードが綴られる連作集。

 作品を特徴づけているのは、エンターテインメントの常識には収まらない非直線的なストーリー展開と、硬質で密度の高い文体だ。その世界はどこまでも奥深く、全貌を見通すことなどできないのだが、火を盗みに舞い降りる孔雀や、地下に広がる公営浴場など、絢爛なイメージと戯れるだけでもじゅうぶん楽しい。「ホラー」や「ファンタジー」より、ちょっと古風に「幻想文学」と呼んでみるのがしっくりくる小説だ。

 さて。思い返してみるにここ数か月、幻想文学関連の注目本が相次いで刊行されていたのだった。たとえば『皆川博子の辺境薔薇館』(河出書房新社)。『死の泉』などのミステリーで知られ、幻想小説の女王としてリスペクトされる皆川博子の45年以上にわたる文業を紹介したムック本である。

 注目すべきは53人もの著名人が寄せた オマージュ・エッセイ。綾辻行人、宇野亞喜良、岡田嘉夫、久世光彦、齋藤愼爾……といった錚々たるメンバーが、口を極めて皆川作品を褒め称えるさまはまさに壮観。憧れのアイドルを前にした十代のファンのようで、なんとも微笑ましい。かつて「幻想小説を書きたいとわめくたび、編集者に、売れないからダメ、と拒否され悲しんでいます」と書いた皆川博子。それから30年、やっと時代が追いついた。

 『中川多理――物語の中の少女』(ステュディオ・パラボリカ)は、はかなげな少女をモチーフに耽美的な球体関節人形を制作してきたアーティスト・中川多理の最新作品集。マンディアルグや夢野久作など内外の文学作品にインスピレーションを受けて生まれた少女人形は、愁いを帯びた瞳でさまざまな物語をわれわれに伝えてくる。
山尾悠子、皆川博子の両名がそろって中川人形とのコラボを展開しているので、小説好きも必読。暗く美しい幻想世界を堪能できる、瀟洒なアートブックだ。

 その山尾悠子に多大な影響を与えた戦後幻想文学のキーパーソンこそ、マルキ・ド・サドの翻訳で知られるフランス文学者・作家の澁澤龍彦だ。2月に文庫オリジナルで刊行された『ドラコニアの夢』(角川文庫)は、今年生誕90年を迎える澁澤のエッセンスを新世代読者に向けて抽出したアンソロジーである。

 文学史上の文豪たちが美形キャラとして登場する大人気アニメ『文豪ストレイドッグス』の劇場版公開にあわせて編まれたもので(映画には澁澤もキャラとして登場する。カバーを参照!)、「林檎」「横浜で見つけた鏡」などの収録作は絶好の澁澤ワールド入門編であると同時に、映画の内容ともリンクしている。アンソロジスト・東雅夫の職人技がきらり光る、お買い得な一冊である。

 この4冊を例に「いま幻想文学がブーム!」というのはさすがに無理があるけれど、いわゆるエンターテインメントとは肌合いが異なる、硬質で本格的な幻想物語がこれまで以上に受け入れられているのは事実だろう。ひょっとすると娯楽の形態が多様化し、あらゆるメディアに物語的なるものが氾濫した結果、一周まわって小説本来の「文体の魅力」が見直されているのかもしれない、などと思ったりもする。上記の作家たちはいずれも、日本語の美を知り尽くしたスタイリストであった。

 なんにせよ、澁澤龍彦から皆川博子、山尾悠子と読み継いで、ホラー&幻想文学の深みにどっぷりはまった私としては、若いお仲間が増えるのが嬉しくてたまらない。さあ、あなたもどうぞこちらへ。