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『「富士見」の謎 一番遠くから富士山が見えるのはどこか?』書評 どこからどれくらい見える?

評者: 福岡伸一 / 朝⽇新聞掲載:2011年07月03日
「富士見」の謎 一番遠くから富士山が見えるのはどこか? (祥伝社新書) 著者:田代 博 出版社:祥伝社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784396112394
発売⽇:
サイズ: 18cm/255p

「富士見」の謎―一番遠くから富士山が見えるのはどこか? [著]田代博

 関東圏に育った私にとって富士山は身近だった。至る所から遠望できた。特別くっきり見えた日は何かいいことがありそうだった。
 その後、京都の大学に行くことになり富士山が見える生活から長らく遠ざかった。縁あって再び東京に戻り、例えば、多摩川に高く張り出した二子玉川駅から富士山の姿を見つけるとうれしくなる。が、そのまま田園都市線で西に向かうと、近づいているにもかかわらず富士山は見えなくなってしまう。手前の丹沢山系のせいだ。
 世の中、どこにでも道を究める人がいる。本書によれば、地球が平坦(へいたん)な球形で、富士山だけが山ならば、半径236キロから富士山が見える計算になる。この円周より外でも、高い場所に上がれば富士山が見える。むろん間に山や丘陵があればさえぎられる。どこからどれくらい富士山を見通せるか。かつて著者は手計算でそれを推定し、6カ月を要した。いまではコンピューターでシミュレート、CGが作られるまでになった。
 しかし理論上はそうでも、ほんとうに見えるかどうかわからない。大気と光の微妙な屈折、そして樹木や建築物など現地状況などにも左右される。だから実証が必要となる。富士山最遠望の地は、和歌山県・色川富士見峠。01年、2人の篤志家が写真撮影に成功、ついに証明された。その距離なんと322・9キロ。
 実は、京都からも富士山がわずかにかいま見える可能性があるという。武奈ケ岳北西4・5キロ地点。通称サイの角。でもいまだ証拠写真はない。人がそこへ行けるのかどうかもわからない。
 調べる。考える。行ってみる。発見がある。また調べる。それが楽しい。ここには学ぶことの比喩がすべて含まれている。著者は高校の地理の教師。私も地図好き(マップラバー)だから、こんな先生にこそ習いたかった。次の課題はスカイツリーらしい。
     ◇
祥伝社新書・840円/たしろ・ひろし 50年生まれ。筑波大付属高校社会科教諭。著書に『展望の山旅』など。