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千街晶之さん注目のミステリー小説3冊 科学と政治、一筋縄でない関係

  • 市川憂人『もつれ星は最果ての夢を見る』(PHP研究所)
  • 岩井圭也『真珠配列』(早川書房)
  • ダン・ブラウン『シークレット・オブ・シークレッツ』(越前敏弥訳、上下巻、KADOKAWA)

 科学の発展と、そこから誕生した成果は人類に大きな恵みをもたらすが、そうした研究は往々にして国家に搾取されがちでもある。今回は、科学と政治の関係をさまざまな角度から描いたミステリーを紹介する。

 市川憂人『もつれ星は最果ての夢を見る』の舞台は、遠く離れた星同士でも通信が可能になった未来。宇宙開発コンペに参加したエンジニアの夜河零司(ヤガワレイジ)と相棒のAI「ディセンバー」は、地球から十光年離れた未開の星に降り立つが、そこで別の区域にいる筈(はず)の参加者の他殺死体を発見する。

 零司は他の参加者たちに事態打開の協力を求めるが、かえって犯人として疑われてしまう。更に他の参加者も次々と殺害され、事態は悪化の一途を辿(たど)る。特に、中盤で明かされるある情報には絶望的気分に陥らざるを得ないが、そこからの巻き返しと、違和感がすべて解消される伏線回収は読んでいてテンションが上がる。本格ミステリーとハードSFの融合に成功した、著者の新たな代表作だ。

 岩井圭也『真珠配列』は近未来の中国が舞台。野心的な捜査官アーロン・ハオは、異常な速さで進行するがんによる連続死の真相解明に志願する。死者の中に有力政治家の息子がおり、解決すれば出世の糸口になると考えたからだ。そんな彼の捜査協力者になったのは、尊大な態度の遺伝子エンジニア、マリクだった。

 ウイグル人であるマリクが、どうして北京の高層マンションで遺伝子研究を行っているのか? 疑問を抱きつつも、アーロンはマリクとともに捜査を進めるうちに、巨大な陰謀に巻き込まれてゆく。本書では最先端のバイオテクノロジー研究の暗部と中国における少数民族迫害の問題が扱われており、最初は反りの合わない二人が絆を深めてゆくバディものの定石を逆手に取ったような展開が読者の肝を冷やすことになる。

 ダン・ブラウン『シークレット・オブ・シークレッツ』は、『ダ・ヴィンチ・コード』などで活躍したハーヴァード大学教授ロバート・ラングドンのシリーズの最新作だ。彼の恋人の純粋知性科学者キャサリン・ソロモンがプラハで姿を消し、同じ日にニューヨークの出版社でも異変が起こる。

 人間の脳や意識をめぐる壮大かつ衝撃的な考察が繰り広げられるが、同時に描かれるのは、純粋に真理を追究しようとする科学者と、それを政治や軍事に利用し、あまつさえ独占しようとする国家との対立だ。ただし、悪事に加担した科学者がいる一方、政治の側にも良心を持つ人間がいて、両者の関係は一筋縄ではいかない。相変わらずエンタテインメントのツボを押さえまくりの展開で、膨大な蘊蓄(うんちく)が詰め込まれた上下巻の大作ながら一気に読まされる。=朝日新聞2025年11月26日掲載