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Open Room(東京) 本を軸に音楽も落語もアートもつなぐ。大手CD店出身の尖りすぎないこだわり

 この連載に登場する本屋の多くは、事前に情報を聞きつけて「ぜひ行ってみたい」と思い、お邪魔している。しかし今回は街を歩いていて、偶然「ここって本屋なの?」と発見した。場所は渋谷区初台。もうずいぶん前になるが、このあたりに住んでいた後輩とよく飲みに行っていた街だ。

 後輩が家業を継ぐために実家に戻り、以来長らくご無沙汰していた。だが所用があり、久々に駅前商店街に出向いた。以前と同じようにも見えるけれど、変わった店もある。

 うん? 横丁の先に、ガラス越しに本が陳列されている、Open Roomという店がある。こ、ここは本屋なのか? はやる気持ちをおさえて一度帰宅し再度訪ねると、代表の田代貴之さんとマネージャーの福尾幸子さんが迎えてくれた。

右から福尾幸子さん、田代貴之さん、Lemon House Inc.所属アーティストのoono yuukiさん。普段はoonoさんか、同じく所属アーティストの見汐麻衣さんが店頭に。

10代でヴィンテージ販売が大当たり、でも…

 Open Roomは2025年5月にオープンしたばかり。でも運営会社のLemon House inc.は前の屋号から数えると、かれこれもう15年以上続いていると田代さんは言う。

 田代さんは東京都立川市の「福生寄り」出身。子ども時代を過ごした80年代の福生は、まさにアメリカのにおいのする街だった。スケボーやバスケなど、アメリカの子どもたちが夢中になるアイテムや、当時流行していたミニ四駆などで遊ぶことが大好きな子どもだったという。

 父親の仕事の都合で沖縄や福岡など、転校を繰り返しながらもバスケは続けていたが、小学校1年生の時になりたかったのは「野球のバッター」。なぜバッター限定なのかは本人もよくわかっていなかったが、西日本のとある街にいた10代後半、店を立ち上げる機会に恵まれた。

「古着屋でアルバイトをしていたのですが、ヴィンテージのおもちゃやアンティークグッズ、旧車のバイクなどを扱う店を任されることになったんです。ソフビ人形や超合金を古いおもちゃ屋さんの倉庫から、古着はアメリカにいる知り合いから、まとめて買い付けて。それをまとめて洗濯しては店頭に並べる、ということをしていました」

 田代さんが目利きだったからか、売り上げは絶好調だった。10代にして富豪への道が確約された、かと思ったが、ふと「こんなにもうかるのは、何かからくりがあるのではないか」と疑問を抱き、在庫を一掃処分して店を手放した。

初台駅から歩いて約3分。2階にブックカフェのfuzukueが入っている床屋の角を曲がると、通りから書棚が見える。

 次は何をしようか。面白くて楽しい仕事がしたい。蓄えを片手に福岡市内を歩いていると突然、ビルの2階にあるサモトラケのニケの像が視界に飛び込んできた。ルーヴルにある有名なアレである。創業90年を超える福岡の老舗画材店のシンボルであるニケに引き寄せられて店に入ってみると、アルバイトを募集していた。

「バイトとしてキャンバスを張ったり配達をしたりしているうちに、福岡在住の画家の方々と知り合い、絵画やアートの鑑賞方法を教えてもらったりしました。1年少々で辞めてしまったのですが、本当に濃厚な時間を過ごせたと思っています」

 画材店のすぐ近くに、音楽専門店のHMVがあった。バンドもやっていて音楽も好きだった田代さんはちょくちょく足を運び、CDを買いあさっていた。時にはスタッフのオススメを教えてもらい、欲しいものをあらかた買いつくした頃「うちでバイトしないか」と声がかかった。

「ちょうど画材店からも社員にならないかと言われていたタイミングだったんですけれど、違うことをしてみたくて。アルバイトからスタートして2年で社員になりました。自分の好きなCDを仕入れて、それを好きになってくれた人の手に届けられることが面白かったし、商売として真っ当な感じがしたんですよね」

平台は埼玉県の服飾学校から譲り受けたもの。当時をしのぶ落書きがそこかしこに残っている。

全国のHMVで音楽と人を結びつける

 ジャズやワールドミュージック、クラシックのバイヤーから、店長として福岡はもちろん大阪や横浜、東京など全国の店舗を飛び回り、本部に異動後はプロモーションや新規事業、ライブの主催などを手掛けるようになった。アナログレコード専門のHMV record shopやカルチャーストアのHMV&BOOKS、展覧会事業のhmv museumは田代さんが立ち上げた。

「2010年頃から、自分の中でCDに続く何かをやりたいと思うようになったんです。名盤を再現するライブのHMV GET BACK SESSIONを企画するなど、多くの人に音楽を聴いてもらうための企画を続けていました。HMV&BOOKSを企画したのは、ずっと本が好きだったから。CDはどれだけコストをかけてもかけなくても、ほぼ同じ値段で売られていますね。でも本はジャンルが多岐にわたっていて、価格に幅があります。そこも面白いなと思ったんです」

 音楽と人を結びつける試みを試行錯誤してきたが、2020年のコロナ禍でライブができなくなった。勤続ちょうど20年、そろそろ潮時だと思い、HMVを離れることにした。

「2、3年は遊ぼうと思っていたんですけれど、縁あってパルコに籍を置くことになりました」

 パルコで展覧会やパルコ出版では責任者などをしつつ、HMV時代から続けていた個人レーベルを2021年に会社登記するにあたり、社名をLemon house Inc.とした。しかし、なんで?

「音楽レーベル名がTHIS HEATとちょっとカッコよかったので、カッコよくない名前にしたかったんですよ。ある日、夢の中に、レモンをあごと首の間に挟む人が出てきて。それでLemon house Inc.に決めました。Open Roomも夢からの発想です」

  Lemon House Inc.アーティストマネジメントや企画・編集、CD制作を並行して、イベントや落語会の企画もしてきた。大阪のHMV時代に上方落語を見て魅了され、その落語の舞台である大阪の街で生活するうちに引き込まれていった。

「親の影響で小さい頃から立川談志師匠のことを知っていて、ずっと身近な存在ではあったんです。渋谷のHMV&BOOKSでたまたま落語家の林家木久彦さん(当時林家けい木)に出会って、それから月1でイベント企画をしていました」

店舗中央の可動式平台は、落語会の時は高座に変身する。

突如、本屋をやろうとひらめく

 と、ここまで読んで「いつ本屋が出てくるのか?」と思った方も多いかもしれない。落語イベントやアートの展示ができる、人が集まる場所を作りたいと思っていたものの、田代さんは当初、本屋を始めようとは考えていなかったそうだ。

「タバコ屋をやりたいなと思っていたんですよ。いらっしゃいませも言わないけれど、お客さんの好みのタバコをすっと出してお金を受け取る。そういうコミュニケーションがいいなと思ったし、大衆性を帯びていて、尖りすぎてないものが好きなんですよね」

確かに尖りすぎていないけれど、確実に意思が感じられるセレクトになっている。 

 物件探しを昨年から始めたところ、今の場所を紹介された。駅から近くて、自宅からのアクセスも良い。すぐに契約をしたものの、半年近く何もせず家賃だけ払っていた。が、2025年の正月明け、突如、本屋をやりたいと思った。

店舗はギャラリーとしても稼働していて、この日は名古屋を拠点に活動するアーティスト、食品まつりa.k.a foodmanの『uchigawa tankentai』展が開催されていた。

 書店員経験はないが、モノを売ることはずっと続けてきた。HMVで本の流通や仕組みを、パルコ出版で出版の仕組みなどひととおりのことは学んでいた。トーハンのHONYALという少額取次サービスを使えば、仕入れられるジャンルや版元がぐっと広がる。セレクトの基準は「置く意義のあるものを置く」ということ。逆に「何を置かないか」という、明らかな線引きはない。

「改めて本って、本を軸にして音楽や映画、アートなどあらゆる広がりが生まれる存在だと気づいたんですよね。Lemon House Inc.は7人ぐらいメンバーがいますが、皆がそれぞれ、自分の本棚のような感覚でセレクトしています。街の人が、こちらがおススメしている本を買ってくれると嬉しいですね。もちろん、街の人の声で置くようになったものもあります」

 現在の在庫は700冊程度だが、1500冊ぐらいまで増やすのが目標だ。ほぼ新刊だが、今後は知人ミュージシャンの秘蔵選書をはじめ、古書も置いていきたいと考えている。ちなみに現在、知人ミュージシャンから預けられた古書が、バックヤードで待機中だ(しかもこれが相当、個人的にはツボ)。
 

レコードやTシャツなど、音楽にちなんだ雑貨も並んでいる。

 オープンして半年過ぎたが、日々「生きている実感を得られて楽しい」と、田代さんは語る。

「買い物ついでに『本屋ができてうれしい』と毎週寄ってくださる方もいて、友達も増えた気がします。Open Roomがあることでいろいろな人が集まってくれるようになったので、無理せず続けていきたいと思います」

 田代さんに別れを告げて、商店街を再び歩く。後輩とよく寄っていた店では、今日もたくさんの人が舌鼓を打っているようだった。なくなった店や去った人間関係もあるけれど、この街には落語好きの、別の知己がいる。今度の落語会に、声をかけてみようかな。考えるだけで私も、なんだかワクワクしてきた。

 それでは皆さん、良いお年を。2026年も引き続きよろしくお願いします。

田代さんが選ぶ、読んでいることをオープンにしたくなる3冊

●『けむりの居場所』野坂昭如編(幻戯書房)

 人々の暮らしに立ちのぼる「けむり」を切り口に、各界の著名人が日常や記憶、心の揺れを綴った文章を野坂昭如さんが編んだエッセイ集。ささやかな情景から人間の味わい深さが浮かび上がる一冊で、この書店をオープンする着想の源のひとつにもなった作品です。

●『立花隆の書棚』立花隆(中央公論新社)

 知の巨人・立花隆さんの知識と思考の源泉のような膨大な蔵書を丁寧に紹介した1冊で、立花さんの知の広がりと探究の姿勢が凝縮して収録されているとても貴重な記録です。立花さんを通して垣間見る書物旅行記みたいな本です。

●『もう一度猫と暮らしたい』見汐麻衣(Lemon House Inc.)

 日常の中の何気ない瞬間、家族との時間、昔の思い出、日々の些事。そこから立ち上る切なさや懐かしさや静かな幸福が繊細でやさしい視線によって丁寧に描かれています。猫と暮らすように、言葉と寄り添いたくなるような温かな一冊です。このお店でも店番をしているシンガーソングライター、見汐麻衣による初のエッセイ集です。 

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