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残虐さに慣れ 人が人でなくなる

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月30日
兵士というもの ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理 著者:ゼンケ・ナイツェル 出版社:みすず書房 ジャンル:国防・軍事

価格:6264円
ISBN: 9784622086796
発売⽇: 2018/04/17
サイズ: 22cm/413,54p

兵士という「普通の人々」は戦場や軍隊組織で何を考え、暴力をどう内面化していくのか。第二次世界大戦中、英米軍に盗聴されたドイツ兵捕虜同士の赤裸々な会話という画期的史料を、歴…

「兵士というもの―ドイツ兵捕虜盗聴記録に見る戦争の心理」 [著]ゼンケ・ナイツェル、ハラルト・ヴェルツァー

 第2次世界大戦下に、ドイツ軍将兵は何を考えていたか。ナチス指導部の分析は進んでいるが、兵士の心理については充分に検証されているとはいえない。本書はその不透明部分にメスをいれた貴重な書である。ごく平凡で真面目な庶民が軍服に身を包み、殺害に慣れて変身していく様は、不気味である。残虐な行為が罰せられないとなると、つまり道徳も法体系も存在しない空間では人は人でなくなる、ということも教えている。
 アメリカもイギリスも、ドイツ兵士の捕虜収容所に密かに隠しマイクを入れて、その私的な会話を盗聴していた。本書は、イギリス側の「数千人のドイツ兵捕虜と数百人のイタリア兵捕虜を組織的に盗聴」した記録からの抜粋で編まれている。
 イギリス側の盗聴は、「高級将校と空軍・海軍の兵員」が中心である。収容所内でパイロットは、海に落とすべき機雷を住宅地に投下したと自慢げに話す。「そんなものが住宅地域に投下されたら、地域一帯もあっさりと消滅し、粉々になるだけだ。これは俺にはものすごく楽しかった」。イギリスの児童疎開船を意図的に狙い、攻撃して沈め、「児童疎開のおかげで……俺たちは大いに楽しめた」とUボートの上等兵は言う。
 ロシア国内のある村落で、ドイツ軍の小部隊がパルチザンに殺害された。その報復に、村の男性全員(50人)が1人を除いて射殺される。「残りの一人はどこへでも行けと解放された。ドイツ兵が攻撃されたら住民がどんな目に遭うのか、知らしめるためだ」というのは国防軍兵士の言。ユダヤ人虐殺の中で、ユダヤ人が酸で溶かされる話が具体的に語られている。酸をかけられた1時間ほどあとには、金歯や指輪が残っているだけ。この話には一部噂も交じるが、兵士は「もちろん俺は、恐怖で髪の毛が逆立ったよ!」と傍観者風に語る。
 これらの盗聴記録によると、多くの兵士は「ユダヤ人絶滅のプロセス」について詳細に知っていたことも明かされている。ヒトラーについても、戦争の末期までは「総統信仰」があり、敗戦が確実になって少しずつ信頼が薄れたと報告されている。
 2人の著者は戦後生まれだが、イギリスの文書館に眠っていた膨大な関係資料に目を留め、その分析に時間を費やした。本書はすでに18カ国で訳されている。日本は19カ国目である。訳者あとがきはこの書の意義を正確に論じている。盗聴記録は、日記や手紙など、一人称で書かれた「エゴ・ドキュメント」の限界を超える可能性を秘めている。多様な階層の兵士の声が聴け、戦時暴力などにも頻繁に言及されているからだ。
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 Sonke Neitzel 1968年生まれ。ポツダム大教授(軍事史)。著書に『盗聴』
 Harald Welzer 1958年生まれ。フレンスブルク・ヨーロッパ大客員教授(社会心理学)。著書に『おじいちゃんはナチじゃなかった』など。