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『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』書評 自由と豊かさと… 幸せとは?

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2018年07月07日
八九六四 「天安門事件」は再び起きるか 著者:安田峰俊 出版社:KADOKAWA ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784041067352
発売⽇: 2018/05/18
サイズ: 20cm/303p

八九六四 「天安門事件」は再び起きるか [著]安田峰俊

 現在の中国では、ネットで「8964」の数字が入った決済ができない。1989年6月4日に起こった天安門事件について言及することはできない。それでも中国人のほとんどは満足している。人間は何が得られれば幸せになるのだろう?
 天安門事件。学生たちが北京の天安門広場に次々と集結し、自由化、民主化を求めて声を上げた。が、中央政府は戒厳令をしいて、それを粉砕した。ある年齢以上の人々は、世界中に配信された、戦車の前に立ちはだかる1人の若者の写真を鮮明に覚えておられるに違いない。
 あの事件はいったい何だったのか。本書は、天安門事件のとき、そのまっただ中や周辺にいた人々に対するインタビューをつづる。あれから29年。中国国内にいる人、フランスやアメリカに亡命した人などなど。当時、どんな思いでしたか?
 そこから浮かび上がってくる一つの事実は、これが、さしたる思想的背景もなく、目標が共有された運動でもなかったということだ。胡耀邦が亡くなったことをきっかけに、なんとなく若者たちの鬱憤晴らしでハンストにまで至ったが、戦車で鎮圧された。あれ以来、中国は鄧小平による改革解放政策で経済的に大躍進を遂げた。一方、貧富の差は拡大し、要人の腐敗は横行し、言論統制はますます強まった。
 それでも多くの人々は現状に満足している。あの当時よりも生活は格段に豊かになり、北京五輪は大成功。今、また自由を求めて天安門広場に人々が集まったら、子どもを行かせますか? いやー、難しいね。たぶん行かせないかな…。
 中国共産党による言論統制は、ネット社会でますますひどくなる。しかし、そんな自由のなさよりも、金持ちになれることの方が嬉しい。今は拝金主義に徹することで鬱憤を晴らしているのか? 日本の学生運動の行く末も含め、自由と幸せとは何なのかを考えさせられる。
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 やすだ・みねとし 1982年生まれ。ルポライター。立命館大客員研究員。著書に『和僑』『境界の民』『知中論』など。