夏本番、怪談シーズンの到来である。
この時期ならではの楽しみは数多いが、毎夏刊行されている東雅夫編のアンソロジー「文豪怪異小品集」もそのひとつ。泉鏡花や宮沢賢治ら文豪として知られる作家のホラー・怪談系小品を掘り起こす好企画、今年は『変身綺譚集成 谷崎潤一郎怪異小品集』(平凡社ライブラリー)が出た。
説話風の語り口が印象的な「人間が猿になった話」をはじめ、「覚海上人天狗になる事」「魚の李太白」など、変身をテーマにした扱った小説・随筆がずらりと並ぶ。『細雪』で知られる文豪は、人が人でなくなることに魅せられた作家でもあった。白眉は無国籍風ファンタジーの逸品「魔術師」だ。人を動物や無機物に変えてしまう魔術に魅せられた男女が、自らも半羊神になることを切望し、ふらふらと舞台に上がってゆく……というこの短編をひもとけば、谷崎にとっての変身が恐怖に裏打ちされた解放でもあったことがよく分かる。
第57回メフィスト賞受賞作の黒澤いづみ『人間に向いてない』(講談社)は、人間が異形に姿を変えてしまう原因不明の病「異形性変異症候群」が蔓延した社会を描いている。引きこもりの息子・優一が、芋虫のような姿に変身したことを知った主婦の美晴は、おぞましい姿に嫌悪感を抱きながらも、法律的な死を宣告された優一のために奔走する。
人の顔をした犬や動きまわる肉塊など、さまざまな異形たちが登場する本書だが、物語の主軸はあくまで壊れた親子関係の修復に置かれており、不条理ホラー風家族小説とでもいうべき作品に仕上がっている。異形の生存を認めようとしない社会の描かれ方には、現代の不安が刻まれていよう。
『日野日出志 泣ける!怪奇漫画集』(イカロス出版)は、国際的にも評価の高いホラー漫画家・日野日出志の作品を「泣ける」という視点からセレクトした傑作集。七色のできものに全身を覆われた男の最期を描く代表作「蔵六の奇病」、カフカの『変身』に影響されたという「毒虫小僧」など、グロテスクと叙情性が巧みにブレンドされた折り紙つきの5編を収録。
いずれも異形として生きることを余儀なくされた者たちの孤独と恐怖が根底にあり、変身ホラー漫画のアンソロジーとして読むことも可能。ただし「蔵六の奇病」以外はダイジェスト掲載なのでご注意を。本当に「泣きたい」「怖がりたい」ならば、ぜひフルバージョンに当たってみてほしい。
突如上空に現れた〈未知なるもの〉によって、世界が破滅の危機に瀕するという恒川光太郎の長編ホラー『滅びの園』(KADOKAWA)もある種の変身物語である。この小説で人類の脅威となるのは、プーニーという白いスライム状の不定形生物。プーニーを口にし、同化した人々が巨大な白い塊となり、もぞもぞと都市を覆ってゆく終末光景は、おそろしくもどこかユーモラス。鬼才のイマジネーションが炸裂した、滅びと救済の物語であった。
『FUNGI 菌類小説選集 第2コロニー』(Pヴァイン)は、世にも珍しい菌類テーマ小説のアンソロジー。編者のオリン・グレイとシルヴィア・モレーノ=ガルシアにインスパイアを与えたのは、無人島に漂着した若者たちがキノコに変身してゆくというわが国の怪奇特撮映画「マタンゴ」(1963)だったそう。ファンタジーからスチームパンクまで、多彩なキノコ小説を堪能できる楽しい一冊だ。イアン・ロジャーズ「青色のへきれき」は、幽霊屋敷に超自然的菌類が巣くっているというホラーで、菌類まみれの男たちが戸口から現れるシーンにはぞっとさせられる。
神話の時代から今日まで、途絶えることなく語り継がれてきた変身物語。わたしたちが人間の姿である限り、これからも人が人でなくなることの恐怖は、ホラーの重要テーマであり続けるだろう。ホラーほど「人間に向いてない」者たちを描くのに適したジャンルは、他にないのだから。
芋虫にスライムにキノコ。あなたなら何に変身したいですか?