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今年売れた本 この国の有りようは問われたのか

 100万部に迫る勢いの(1)は田中角栄の金権政治を批判してきた石原慎太郎が「現在のこの国の態様を眺めれば、その多くが彼の行政手腕によって現出したということがよく分かる」との理解を新たに得て、一人称で生涯を振り返る一冊。
 取材を重ねたわけでもなく、既存の評伝等から抽出したエピソードを組み合わせただけに読めるが、「俺はいつか必ず故郷から東京に出てこの身を立てるつもりでいた」との一文に始まる、分かり易(やす)すぎる立身出世物語に仕上げることで、彼の野心を記憶している世代のノスタルジーを刺激した。それこそ著者の都知事時代の責任が問われることにもなった豊洲市場の盛り土問題など、「現在のこの国の態様」に問うべき議題がいくらでも生じた年に、社会時事のコーナーを角栄関連本が占拠した光景には物悲しさを覚えなくもない。

人気は“直結本”

 これをすればこうなる、という「行動」と「効果」がどこまでも直結している本からベストセラーが生まれる傾向に変化はない。いくつものテレビ番組に紹介されることで火がついた今年の“直結本”が(2)と(6)である。
 子どもをたった10分で寝かしつけできると謳(うた)う絵本(2)は冒頭に「【あくびする】など動作の指示に従い、【なまえ】にはお子さんの名前を入れる」と心理学に基づいた読み方が指南されており、絵本というより実用書。帯には通販広告のように「半信半疑で購入しましたが、本当に10分以内で寝て驚きました」といった読者からの感謝の声が並んでいる。
 4週間で開脚できるようになるという(6)には、なかなか未熟な小説「開脚もできないやつが、何かを成せると思うな」が相当なページを割いて収録されており、開脚とは「夢の扉」なのだ、と繰り返してくるプレッシャーを前に、体が硬くなってしまう。
 文芸書の世界では、いずれも50万部を突破した本屋大賞の(7)、芥川賞の(8)が受賞によって売り上げを伸ばした。受賞作以外ではバラエティー番組の「読書芸人」特集で芸人の推した小説が軒並み重版となったのが印象的だったが、新人作家にして先の両作を上回る売り上げを記録したのが(4)だ〈第2作も(19)にランクイン〉。10年前がケータイ小説ならば今はWEB小説で、本作は元々WEB上で公開されていた作品。ケータイ小説から続く伝統芸「不治の病」で持ち運ばれていく展開には既視感が募るが、素直なラブストーリーをすぐさま単調だと捌(さば)く自分のような態度は、良き読者になり得ない。
 (11)(13)(15)などは「行動」から「効果」を得るのではなく、そこに既に回答が示されている。「すぐやる人」に、じっくり本を読んで煩悶(はんもん)している時間はないのかもしれない。昨年のベスト20から(5)(12)(17)の3冊が引き続きランクインしているが、売れる本だけが売れ続ける状況は、そんな生活体系の裏返し、とするのはさすがに強引だろうか。

「文庫X」全国に

 出版界を振り返ると、取り次ぎ中堅の太洋社の破綻(はたん)が書店の閉鎖を招き、チェーン店では取り次ぎ主導の再編が進んだ。アマゾンは版元との交渉取引における独占禁止法違反の疑いで公正取引委員会の検査を受けた。今年もまた、紀伊国屋書店新宿南店(大幅な縮小)といった大店舗から、岩波ブックセンター・信山社といった玄人好みの書店まで、通いつめた場が萎(しぼ)んでいく光景に立ち会うことになってしまった。
 盛岡・さわや書店フェザン店の書店員が清水潔のノンフィクション『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)を、カバーで覆いタイトルを隠し「文庫X」と称して販売する取り組みが全国に波及し18万部を記録、小さな仕掛けが読者に伝わった事例に救いを感じる。本は、これをすればこうなる、という効果を急(せ)かすものではない。電子書籍の「読み放題」サービスも始まったが、やはり書店の売り場で目の合った本とじっくり向き合いたい。=朝日新聞2016年12月25日掲載