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「移住」を考える本 リスクも考え、豊かさを得る

自宅近くの海岸でヤギのカヨをかわいがる内澤旬子さん=香川県小豆島町、佐久間泰雄撮影

 春は、異動や入学のシーズン。引っ越してゆく家族や隣人を見送った人の中には、「自分もどこかで新しい暮らしを始められたら」と思う人もいるだろう。
 最近、地方移住に関する書籍がブームと言って良いほど数多く出版されている。
 移住といえば従来は定年退職後に自然の多い場所に移ってゆったり暮らすというパターンが多かったのだが、ここ十年、特に東日本大震災以降は、三、四十代の働き盛りの人たちが、家族で、そして単身で地方へと移住している。背景にはSNSなどのインターネットメディアの発展や、都市生活への不安があり、都会への憧れも、以前よりは目減りしている様子。
 刊行されている移住本の大半が、複数の移住者にインタビューして、移住に至った経緯や現在の様子を紹介している。
 それらのほとんどは、豊かな自然と、センス良く自作およびリメイクされた家の写真とともに、家族と、移住仲間の緩く心地よいネットワークに囲まれ、心豊かに充実した暮らしを語る。
 噓(うそ)ではないだろう。自分も移住者であるので、わかる。地方の暮らしはとても楽しい。けれども本当にそれだけなのか、いいことばかりではないだろうと、首を傾(かし)げたくなる。ある種のファンタジーとして、第二の人生を妄想する道具として読むならば、それも楽しい。
 けれども、もし本気で地方移住を考えようとするならば、リスクや現実を考えるべきだ。たとえば自然と触れ合える中山間地区で子育てを望んで移住しても、小学校の統廃合が進み、車で片道一時間ちかく通わせなければならなくなるとか。
 インタビュー本の中では、『「小商い」で自由にくらす』が、千葉のいすみ地域で店すら持たず、マーケット出店で生計を立てる移住者の収入や売り上げに触れていて、興味深かった。自由を求めミニマムな仕事で生きるには、それなりの覚悟が必要であることが、実感としてわかる。

お金と人の動き

 そして地方で極小単位の自営よりも、少しだけ大きく起業しようとするならば、気になるのは地方自治体のお金と人の動き。『地方創生大全』は、町おこしに十八年関わってきた著者が、いかに間違えた地域活性化事業を進める自治体が多いかを、舌鋒(ぜっぽう)鋭く指摘。閑古鳥の道の駅経営とか、血縁地縁の横並びルールだとか、地方のダークサイドがむき出しに。そもそも地方から人が出て行き、過疎になったのには、理由があるわけで。過疎の財政難から知恵を絞って、これからを生き抜く地方をどう作るのか=どう(地域として)稼ぐのか。地方に住むなら見過ごせない問題だ。

地元住民の本音

 もう一点。移住を決めたら気になると思うのは、地元先住の人々。豊かな自然を求めてやって来る移住者を、彼らはどう考えているのか。本音を語る人は少ない。
 『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』は、海外ではあるけれど、内側からの「言い分」が読める。有名な景勝地であまたの旅人や詩人が美文で讃(たた)えてきた湖水地方。羊飼いとして代々暮らしてきた著者が、厳しい自然の中での、伝統的かつちょっぴり閉鎖的でもあるけれど、豊かな日常を綴(つづ)る。
 近代以降多くの地方が失った、地に根差す暮らしが、驚くほど色濃く残っている。著者は、羊飼いを一時休んでオックスフォード大学で学び、外側からの視線を獲得したからこそ、地縁の底力を、誰もが羨(うらや)むくらい魅力的に書けたのだろう。
 観光目線でやって来た、流れ者にはわかるめえと言われたら、ぐうの音もでない。流れ者は、流れ者なりの根差し方を、模索したい。=朝日新聞2017年3月26日掲載