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大相撲をより深く知る本 「人生修業」の集大成を土俵でみせる力士たち

 一年納めの九州場所が始まる。2016年の大相撲界を振り返れば、1月の初場所で大関琴奨菊が初優勝。日本出身力士の優勝は10年ぶりのことだった。その後は、好成績を挙げ続けた大関稀勢の里の綱取りが話題に。先の9月秋場所では大関豪栄道が初優勝を飾り、この九州場所に綱取りを懸けている。
 大相撲人気復活の今、初心者ファンに向けた観戦ガイドブックの類が多数出版されている。『大相撲の見かた』(平凡社新書・842円)は、競技としての大相撲を理解し、より深く楽しむための「教科書」となる。著者の桑森真介は明治大学教授で医学博士。相撲部コーチの経験もあり、その視座で競技としての相撲を言語化できる存在だ。腕力とは違う「相撲力(ぢから)」や「懐が深い」といった相撲用語が学べるほか、かつての名勝負解説が懐かしい。

裏方が守る伝統

 また、45年に及ぶ呼出(よびだし)人生に思いをはせ、ふんわりとした文体で角界のあれこれを語る『呼出秀男の相撲ばなし』は、新たなファンにとって水先案内人となるだろう。「土俵築(つき)」と呼ぶ土俵作りや、「触れ太鼓」などの太鼓叩(たた)きも呼出の仕事。裏方とされながらも、日本の伝統文化を受け継ぐ唯一無二の職人であることがわかる。
 『力士の世界』は、行司の最高位である立(たて)行司の33代木村庄之助の手によって教養を身につけられる一冊だ。神事としての大相撲を丁寧に解説し、その歴史と奥深さを知らしめる。52年にわたる行司生活で見聞したこぼれ話も興味深く、先輩行司から「昔の力士はしこ名を自分の戒名だと言っていた」と聞いた著者は、「土俵の上でいつ死んでもいいように、生きているうちにもらう戒名がしこ名なのだという意味」と解釈する。
 今年7月、「小さな大横綱」と言われた千代の富士が急逝した。昨年九州場所中には北の湖が、13年初場所には大鵬も召されている。昭和の大横綱たちを失った今、『横綱』(武田葉月著、講談社・1749円)は貴重なインタビュー集だ。45代横綱若乃花から、70代横綱日馬富士まで横綱21人の生の声を収録。北の湖は「一番楽しく相撲を取れたのは、幕内上位から三役に上がった頃」と言い、横綱の重圧と責任を想起させる。「『今、やっとかないと、引退が早いぞ』『辞めたくなかったら、どうすればいいんだ?』と、自分と葛藤する日々でした」という在りし日の千代の富士の言葉も胸に響く。
 そして1946(昭和21)年に入門した「土俵の鬼」初代若乃花は、国技館が進駐軍に接収され、メモリアル・ホールと名付けられたなかで初土俵を踏んでいる。閑散とした館内で、「なんとか俺が強くなって、国技館がお客さんで満員になるような時代にしたい」と思ったと本著で語るのだ。

「心技体」鍛えて

 その若乃花と同郷、青森県弘前市出身で同じくりんご農家に生まれたのが、元関脇若の里(現西岩親方)である。書名を『たたき上げ』とした著者は、中学卒の“たたき上げ力士”としての矜持(きょうじ)を持つ。初代若乃花の弟子だった元横綱隆の里を師匠と仰ぎ、弟弟子には同じく“たたき上げ”の稀勢の里、今場所で大関取りに挑む高安もいる。
 外国人力士や大学出身力士が瞬く間に出世する昨今だが、15歳の少年が「心技体」を成長させ、39歳のベテラン力士として花道を去るまでがつづられている。角界はまさに「人生修業」の場なのだ、と実感させられる。
 大相撲界に生きる男たち一人ひとりに“ドラマ”がある。日々、汗と涙と泥にまみれて稽古を積み、その集大成を本場所の土俵で見せるのが、力士たちだ。連日の満員御礼になるであろう館内で、観客は彼らの“ドラマ”を堪能するはずだ。=朝日新聞2016年11月13日掲載