先月わたしとは他人であることが判明したわたしの腸なのだが、友人が名前を付けてくれた。〈乱れ打ちのお腸〉というらしい。詳しい年齢はわからないが、おそらく三十代半ばぐらいの粋でいなせな女性で、和太鼓をやっている。もしかしたら太鼓を職業にしているのかもしれない。
腸はもはや他人だと話した後、実は今おなかの様子があやしいので、トイレを借りにどこかの店に入ったらごめん、と地元を自転車で走っているときに打ち明けると、即座に「それは乱れ打ちのお腸だ」ということになった。「どう? 本格的に叩(たた)いてる?」「今あれやわ、太鼓の縁の黒いポツポツのとこをバチでカカカカカって鳴らしてる感じやわ。イントロみたいな」「そうか。今にお腸の乱れ打ちが始まるよ!」というように使う。他人に違いないとは思っていたが、まさかそんな鉄火肌な感じの女性だとは予想だにしていなかった。頭に鉢巻き、さらしを巻いて片肌脱いだ美女を想像している。わたしはこんな人間だが、お腸はたぶん美女だ。
これから不意におなかが痛くなるたびに、ああ、お腸が仕事を始めた……、と思えばよいということなのだと思う。人にも紹介しやすい。「わたしのおなかが失礼を致しまして……」ではまだ、上司が部下の失態を詫(わ)びているようなニュアンスがある。違う。腸はときどき、もはや同じ組織の人間とは思えません!というぐらい突然わがままを言う。わたしが上司なんてとんでもない話だ。わたしより腸のほうが我が強い。それを考えると、どう考えてもわたし自身とはかけ離れた人格である乱れ打ちのお腸の方が合点がいく。
そんな友人は、ニューヨークからの里帰り中だった。毎年夏場に帰ってきてしばらく実家に滞在している時に二回ほど会うのだが、今年は三歳の息子さんがアデノウイルス性の胃腸炎にかかってしまい、一回しか会っていない。息子さんの全快と、来年また会えることを祈る。=朝日新聞2018年7月30日掲載
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