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極限下のエゴイズム、痛切 文芸評論家・末國善己

  • 古処誠二『生き残り』(KADOKAWA)
  • 中脇初枝『神に守られた島』(講談社)
  • 飯嶋和一『星夜航行』(上下)(新潮社)

 『いくさの底』で毎日出版文化賞と日本推理作家協会賞の二冠に輝いた古処(こどころ)誠二の受賞後第一作『生き残り』は、前作と同じビルマを舞台にした戦場ミステリーである。
 敗戦で転進してきた戸湊伍長は、一人でいた森川と名乗る兵隊を目にする。独歩患者として中隊から切り離され、見習士官に率いられた森川ら5人は、敵機に襲われ河の中州に逃げ込むが、そこで仲間が次々と殺されたという。
 戸湊の推理で事件の真相が明らかになるにつれ、極限状態におけるエゴイズムや、どんな状況にあっても組織のルールを守ろうとする日本人の心性が浮かび上がってくる。これらは普遍的なテーマなので、痛切に感じられる。
 中脇初枝『神に守られた島』は、太平洋戦争末期の沖永良部(おきのえらぶ)島を、少年マチジョーの視点で描いている。
 島民は、近くで沖縄戦が行われているのに島が平穏なのは、駐留兵と特攻機に島が守られているからと信じていた。そんな島に特攻機が不時着する。生き延びた隊員は、特攻隊の真実を語り始める。
 国家の方針に従順だったマチジョーだが、特攻隊員の話を聞いたり、戦況の悪化に直面したりすることで、何が正しいのかを考えるようになる。それだけに、いつ国に「だまされる」か分からないというマチジョーの言葉は、重く受け止める必要がある。
 飯嶋和一の3年ぶりの新作『星夜航行』は、徳川家康の長男・信康の死から朝鮮出兵の終結までを、ヨーロッパとの外交関係なども踏まえて描く壮大なスケールの物語だ。
 父親が家康に叛(そむ)いた沢瀬甚五郎だが、武術の腕が信康に認められ小姓となる。だが信康は家康の謀略で自刃に追い込まれ、甚五郎は出奔する。
 やがて海商になった甚五郎は、豪商の嶋井宗室らと連携し、豊臣秀吉が抱く外征の野望を止めるために奔走する。
 飯嶋は、海外交易の富を独占するという秀吉の果てしない欲望が、朝鮮出兵に繋(つな)がったとしている。これに対し、外国人と交易する海商は、相手の異質な部分を乗り越え妥協点を見つけようとする。甚五郎が海商になるのは、異文化を柔軟に受け入れる海商の精神こそが、戦争を避けるために必要であると示すためだったように思えてならない。=朝日新聞2018年8月12日掲載