中国通の外交官として、日中関係の歴史的場面に立ち会ってきた。
とりわけ、1978年に結ばれた平和友好条約をめぐる交渉は、国益をかけたギリギリの折衝が続いた。外務省中国課長としてこの大仕事に携わった田島さんは、引退後、ともに交渉にあたった先輩の勧めもあって、「当事者として正確な内容を明らかにする義務がある」と、3年かけて本書を書き上げた。
中国、ソ連など関係各国の思惑や、78年4月に尖閣諸島沖に中国漁船が多数現れた際の日中両政府の水面下での攻防など、臨場感にあふれている。
条約の文言をめぐる調整で苦心する場面、懸案が解決し外務省幹部が手を取り合って喜ぶ場面もありのままに描いた。緊迫した交渉の合間、中国側が日替わりで用意するギョーザやシューマイなどのおやつを楽しんだりするエピソードも。硬くなりがちな外交交渉録だが、随所に人と人との交流のぬくもりを感じるのは、田島さんの人柄がにじんでいるからだろう。
終戦時、9歳だった。戦後、多感な時期に復員軍人の手記などを読み、「日本軍が中国でいかに残虐なことをしたか知った」。戦争という歴史があるからこそ、友好に努めなければとの思いを胸に交渉にあたった。
78年10月、鄧小平副首相が来日し、天皇陛下と会見した際の「秘史」も明かす。
「一時不幸な出来事がありましたが、それを過去のこととして、条約により親善が進み、平和が保たれることを心から願っています」。自ら率直に「過去」に触れた陛下に鄧氏は胸を打たれた様子で、「陛下のただ今のお言葉に大変感動致しました」と述べた。田島さんは、このやりとりが今でも耳に残っているという。「日本の象徴たる天皇陛下と中国の事実上の最高首脳である鄧氏との信頼関係が、この瞬間に深く築かれた」
2012年の尖閣国有化で悪化した日中関係は、徐々に改善しつつある。ただ、歴史認識など、今なお火種を抱えたままだ。40年を経て両国の立ち位置は大きく変わったが、「率直に冷静に、言いたいことを言い合える間柄になってほしい」。本書には、そんな願いを込めた。(文・松井望美 写真・平井良和)=朝日新聞2018年9月1日掲載
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