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年齢を重ねてわかる切なさや喜び 「大人の男女が恋する」本

 勢いと瑞々しさにあふれた若い世代の恋愛とは一線を画する大人の恋。ここでは抑制と情熱が交錯するさまを丁寧に描いた小説を集めてみました。社会的地位や家族のしがらみや、想像だにしなかった自分の感情の動き、加齢や健康に対する不安など、経験によってしかわからない切なさや喜びが濃縮された珠玉のストーリーをご堪能ください。

  1.  「錦繍」(宮本輝、新潮文庫)
  2. 「時雨の記」(中里恒子、文春文庫)
  3. 「風の盆恋歌」(高橋治、新潮文庫)
  4. 「マチネの終わりに」(平野啓一郎、毎日新聞出版)
  5. 「ブロークバック・マウンテン」(E・アニー・プルー、集英社文庫)

(1)「錦繍」
 愛し合いながらもある出来事がもとで離婚してしまった元夫婦の、往復書簡という形をとった小説です。ふたりの運命をたどりながら若さと幸せに満ちている頃には、気づくべくもない人間の未熟さや深層の愛、人生について考えさせられます。人は年齢に関係なく何度でも生き直せるのだ、という静かな勇気をもらえます。

(2)「時雨の記」
 50代の辣腕経営者と、夫を亡くしてひっそりと端正に生きている40代の女性の物語です。さまざまなしがらみや年齢による不安が通奏低音のように響くなか、少しずつ距離を詰めながらお互いが自分にとって本当に必要な人であると知っていく過程が、格調高い文章で綴られています。そして、その不安が読む者の心に波紋のように広がっていきます。

(3)「風の盆恋歌」
 金沢で過ごした学生時代に出会い、お互いに特別な思いを感じつつ別々の道を歩んでいたふたりの時間が、人生の半ばを過ぎた年齢になって再び一緒に動き出します。年に一度の逢瀬の舞台となるのは八尾の町。越中おわら風の盆の情景に包まれて、酔芙蓉(スイフヨウ)の花のように鮮やかに色づき散ってゆく大人の恋のお話です。

(4)「マチネの終わりに」
 中年といわれる年代の男女が、思いがけず恋に落ちる様子が鮮やかに描かれます。しゃれた言葉のやりとりも、自立した世代の男女だからこそ現実味があります。天才ギタリストと有能なジャーナリストという華やかな職業のふたりであっても読者は感情移入しやすく、恋のゆくえがひたすら気になってしまうでしょう。

(5)「ブロークバック・マウンテン」
 放牧の季節労働者として出会ったふたりの男性。一度は愛を確かめ合ったものの別々に結婚し、それぞれの人生を歩みます。年に数度の輝くような逢瀬の時間と、生きることのつらさに彩られた20年はふたりを青年から中年へと変えていき……。自制しても抑圧されても消えることのない、恋心の切なさに胸がしめつけられます。