- 池井戸潤『下町ロケット ゴースト』(小学館)
- 芦沢央『火のないところに煙は』(新潮社)
- 翔田寛『人さらい』(小学館)
エンタメ小説は何よりもまず、お話がおもしろくなければならない。さらに、文章が読みやすいこと、キャラが立っていることの両方か、少なくともどちらか一つが備わっていることを、必要条件とする。その、お手本のような小説が、池井戸潤の『下町ロケット ゴースト』だ。初作が、直木賞を受賞したあとシリーズ化されて、本作はその三作目に当たる。
例によって、町工場〈佃製作所〉の経営者、佃航平が主人公、というより狂言回しになり、大手メーカーに徒手空拳の戦いを、挑んでいく。今回は、農機具のエンジンが、メインテーマだ。そこに使用される、独自のバルブの開発を巡って、熾烈(しれつ)な戦いが繰り広げられる。一難去ってまた一難の展開は、著者のもっとも得意とするところで、最後まで飽きさせない。こうしたタイプの小説を、軽んじる向きもあるようだが、わたしはむしろプロのすぐれたわざとして、大いに珍重する。
芦沢央の『火のないところに煙は』は、ホラーないし怪談小説のジャンルに、分類されるだろう。しかし、一口では仕分けしにくい、独特の味わいを持つ作品集だ。タネ明かしはできないが、いかにもありそうな実録風の筆致で、不安感をそそってくる。おどろおどろしい表現をあえて避け、淡々と書かれているところに、むしろ怖さがある。収録された六話は、それぞれ微妙なつながりを持ち、全体で一つのびっくり箱を、構成する。三十代の著者だけに、今後の活躍が期待される。
警察小説は、ここ二十年ほどのあいだに、ジャンルとして定着した感がある。翔田寛の、『人さらい』もその一つだが、ここでは捜査小説と呼ぶ方が、適切だろう。現実でも小説の世界でも、最近目立たなくなった子供の営利誘拐を、テーマにしている。ストーリーは、もっぱら警察側の捜査を中心に、展開していく。身代金の受け渡し方法に、今の時代に合わせた仕掛けがあり、工夫のあとがみられる。全体として、捜査員たちの印象が薄いうらみがあるが、実はそれも一つの下ごしらえになっている、といえなくもない。いささか唐突な結末だが、読み返すとそれなりの伏線もあり、乱歩賞作家としての力量を、うかがわせる。=朝日新聞2018年10月14日掲載