シンプルだからこそ惹かれた落語
――ドラマ化おめでとうございます。ドラマ版をご覧になっていかがでしたか?
ありがとうございます。実写は二次元の創作物とは作り方が全く違うので、今回はアニメ化の時ほど私は関わっていなくて脚本を見せていただいただけなんですが、とても丁寧に作っていただいていて嬉しかったです。落語監修の柳家喬太郎師匠が、結構付きっきりで現場にいてくださってびっくりしました。ドラマ化が決まった時に「着物・落語・江戸弁」の三つをしっかりと描いてくださいということだけ、お願いしたんです。その三つをきちんとやってくだされば落語の魅力も伝わるかなと。セットも着物も役者さんたちも本当に素晴らしいですし、ドラマならではの力を感じました。
―― そもそも雲田さんが落語にはまるきっかけもドラマだったそうですね。
三谷幸喜さんが脚本を書かれた大河ドラマの『新選組!』(2004年)ですね。出演されていた役者さんの中に落語家さんがいらして、落語会に行ったことがきっかけのひとつでした。『新選組!』を見ながらドラマに描かれていない部分も知りたくなっていろいろ調べるうちに、江戸文化にどんどん興味が湧いて。その頃『タイガー&ドラゴン』(2005年)や『ちりとてちん』(2007年-08年)など落語を描いたドラマも放送されて落語ブームと言われたりしたんですが、私もその時期にまんまとはまりました。そのうちに落語をもっと知りたいから落語のマンガを描きたいなと思うようになったんです。
――じゃあ最初から落語にくわしくて、マンガを描き始めたわけではなかった?
初心者の状態でした。第一話のネーム(※マンガの下書きのようなもの)を描く時点で古典落語をそのまま使っていいのかがわからなくて、自分で勝手に作った「監獄から出てきた泥棒が~」みたいな創作落語をいれていたんですよ。編集さんが「制作年の古い古典落語は著作権が切れているから使っていいんですよ」と教えてくださって。それで演目を「死神」に変えたんです。作者がご存命の新作落語はまた別なんですが、あのままだったら大変なことになってました(笑)。だから、古典落語の持つ力をそのまま使わせていただいてるマンガなので、そこもありがたかったですね。とにかく、落語家さんの着物と高座を描きたかったんです。羽織を脱ぐ仕草もよくて、シンプルな中に個性がある。歌舞伎だと衣装も柄がきれいで、『かぶき伊左』(KADOKAWA/エンターブレイン)などを描かれている、友人の紗久楽さわさんのマンガを読むとそのあたりの表現がすばらしいんですけど、私にはできないことだなとも思っていて、私自身は着物のシルエットを捉えることが好きみたいなので、その美しさを描こうと。落語は華美な装飾はなくて簡素だけど粋、清貧であることが美しいという江戸の庶民の価値観を表現しているところにも惹かれました。
好きな落語に正解はない
――物語の中心となるのは昭和の大名人・八雲です。カリスマと色気、陰をあわせもった複雑な人物ですが、八雲のキャラクターはどのように生まれましたか。
色川武大さんの『寄席放浪記』(河出文庫)というエッセイ集に、圓生師匠は険のある女性を演じるのが上手いという話が書いてあったんですね。「おもしろいだけじゃなくて、そういうタイプの落語家さんもいるんだ」と、その文章から八雲のイメージがどんどん膨らんでいきました。後々実際の圓生師匠を知ったら、八雲とは全く違ったんですが(笑)。戦後文化がどんどん花開く昭和30年代の落語は、黄金期と言われたりして寄席もすごく盛り上がっていたそうです。その後すぐにテレビが出てきて状況は一変するのですが、そのドラマチックさもいいなと思いました。
――雲田さんは男性同士の恋愛を描くBL作品でデビューをされて、以前「女性を描くのはちょっと苦手」と伺ったこともありました。『落語心中』の与太郎と小夏は男女ですが恋人というより相棒。絆を感じる素敵な二人でしたが、描いていていかがでしたか。
恋愛を経ずにいきなり家族の形になって……という二人を描きたかったんです。最初のラフスケッチからほぼ変わらなかった八雲さんとは違って、小夏に関してはやっぱり試行錯誤しました。与太郎は、女は落語をやっちゃダメだろうとは思ったことがない人。そこも描きたかったことです。でも、八雲さんは「落語は女がやるもんじゃない」と言ったりとかね。
――色々な考え方が描かれていますよね。妖艶な八雲・笑いに満ちた助六・包み込むような温かさのある与太郎と、三者三様の芸も見どころです。
『落語心中』を描きながら落語家さんの評論や芸談をたくさん読みました。そのうちに、それぞれスタイルがあるけどみんなが共存することで落語の形ができていくんだっていうのがわかってきて。どれが正しいということはなくて、みんな好きになれちゃう。実際に落語家さんって同時代に全然違うタイプの天才がいるっていうことがよくあるんですね。圓生と志ん生、談志と志ん朝、全然違うけれどどっちもいい。もし落語家さんに話を聞いたら、きっとみんな俺が一番だって言うと思うんです。自分の道を信じていて、それはすごく大事なことだと思うんですけど、このマンガはどれが正しいと決めることなく、その全部を俯瞰的に見たような感じにしたいなとずっと思っていました。
変化を絵にこめるのがたまらなく好き
――終盤はキャラクターたちの人生と落語の内容が重なって心を揺さぶります。
マンガの中でかける演目はその時の気分で選ぶこともありました。でも「芝浜」「死神」「野ざらし」といったこれしかない落語もあって。落語のセリフがだんだん物語にリンクしていったのは自分でも不思議でしたね。八雲はなんとなく向島に住んでいる設定にしたんですけど、最後助六が八雲を黄泉の国から迎えに行ったところでふっと助六が得意にしていた「野ざらし」の一節がおりてきたんです。「野ざらし」は作中で、登場人物たちが時間をかけて、師匠から弟子へ、親から子へ、口伝えで伝えてきた愛着のある落語として描いてきたんですけど、最終的には幽霊が「向島からいらしたのォ?」って。あまりに場面と落語が重なって、あれはもう全然計算外のことでした。八雲が最後にやった「寿限無」も、「名前は人生を変えてしまうこともある」っていうマクラの内容が八雲という名前を襲名した彼の人生にぴったりで。しかも、一度孫にねだられたのに自分のスタイルを通したいゆえに断っているんですよね。あの世で改めて、孫のために『寿限無』をかけてあげられる。寿限無は前座噺なんですが、「あら、これ使えるわ」と。最後のほうは描いていてそんなことの連続でした。
――タイトルに含まれている「心中」という言葉もどんどん重みを増していきました。
全然計算はできていないんです。連載が始まる前に、ざっくりこの年にこういうことがあって、という年表だけは作っていたんですが、少しずつ点と点の間をつないでいきました。最終巻で描いた秘密は読者さんには賛否両論でしたが、あれも最初から決めていたわけじゃなくて。キャラクターの行動になんだかしっくりこなくて考えているうちに「そういうことだったのか」と気づいたというか。物語のすきまを想像してうめていく感覚なんです。
――『落語心中』は画面にも独特のリズムがありますね。
ずっと江戸弁の聞き心地の良さを意識してました。『落語心中』を書いているときは江戸弁を耳に叩き込むので、ネームをやっていると脳内の思考が全部江戸弁になるんです。ぱるちゃん(※雲田さんの愛犬)に話しかける時も江戸弁で「お前さん、何だってえんだいその顔は」みたいな(笑)。ドラマチックで、大きな流れに乗ってキャラクターが演技している感覚があるマンガだったので、そういうストーリーを自然に読ませるために画面にもケレン味やシャープさがほしいと考えていました。目線がアップになって流し目を見せたりとか、ベタを多用したり。
――年齢を重ねて変化していく描写も見事でした。雲田さんはデビュー作の『窓辺の君』でももばらの鉢植えが咲くまでの時間と片想いを重ねて切り取っていらっしゃったり、時間を絵で感じさせるのが巧みですよね。
経年変化は自分でもすごく意識したことがあります。人間が歳をとることでちょっと変わる小さな変化を発見するとうれしいんですね。ちょっと髪が伸びてるとか、シワが増えてるとか。与太ちゃんは30代だとこんな感じだけど50歳になったらあんな感じ。その違いを描き分けて絵にこめるのがたまらなく好きみたいです。季節を描くのも好きです。そこは『落語心中』だけじゃなくてBLの『いとしの猫っ毛』(リブレ出版)も共通してます。
まだまだ描きたいことがたくさんある
――2018年はデビュー10周年。おめでとうございます! 10月末には、先ほどお話に出てきた『いとしの猫っ毛』など新刊をなんと4冊同時に出されました。
今年はドラマや原画展もあって、大きな区切りの年になりました。新刊は3冊がBLで、1冊がレシピコミック。ドラマの放送中にBLを3冊も出すなんて自分でもどうかしてるなと思うんですけど(笑)。私はずっとBLとそうでないものを並走して描き続けているんですが、BLはポルノ表現と切っても切れないジャンルなので、苦手な読者さんには無理して読んでほしくないなって思うんです。「はやっているから絶対読まなきゃ」とかそういう風には思わなくていいと思うんですけど、もしちょっとでも興味があったら年齢・性別問わず誰でも読めるものだとも思うので。落語と一緒で、まずは自分で好きな作家さんを見つけるっていうところからね。
――『いとしの猫っ毛』は、『落語心中』とほぼ同時に連載開始した作品ですよね。「またたび荘」で暮らす幼なじみのほのぼのカップルを描く長篇BLです。新刊は番外篇ということでスピンオフ読み切り集になっていますが、『猫っ毛』の雲田さん的読みどころは?
それこそ「見守ってほしい」ですね。平和に穏やかに、同じ人たちをずっと見守る喜びを私自身がすごく感じるタイプなので。ゆっくりペースにはなるかもしれませんが、ライフワークとしてこれからも『猫っ毛』は描き続けるつもりです。長篇ならではのことをいろいろやってみたいなって。
――元ポルノスターの苦味とパートナーで元ヤクザのサクマさんを描くBL『新宿ラッキーホール』(祥伝社)はなんと6年ぶりに続篇が発表されました。
一度マンガで動かしたことのあるキャラっていつでも出てきてくれるものなんだなっていうのは発見でした。萩尾望都先生が『ポーの一族』(小学館)を再開された時に「自分の中に部屋があって、そのドアを開けたら、エドガーやアランがいた」(『私の少女マンガ講義』)と仰っていたんですが、まさにその感覚だなと思いました。心の中にそれぞれの部屋があって、彼らはずっとそこで生きてる。『新宿ラッキーホール』は苦味ちゃんがポルノスターになる前となった後の変化を描くのも楽しくて。若い頃から始まって、今40歳近く。その後彼らは何をして生きていくのか、っていう感じのお話が2巻です。
――『雲田はるこBL原画集 Boy's Life』(リブレ出版)は装幀もかわいいですね。おとめちっく。
大判コミックスと同じA5サイズで、かわいいですよね。電子書籍にもなっているんですが、ぜひとも一度紙で見てほしいです。この10年のBL関係の絵が本当に全部網羅されているので、ボリュームがすごいんですよ。
――そして『R先生のおやつ』(文藝春秋)はお菓子研究家・福田里香さんとの共著。初老のお菓子研究家・R先生と助手のKくんが作るおやつのマンガとレシピが対になった素敵な一冊です。
オールカラーなので見ごたえがあると思います。福田さんがいろいろと考えてくださって、小腹がすいた時なんかに男性でも簡単に作れるおやつを集めています。読んでいるとね、マンガにでてきたおやつがその後写真で出てくるんです。「マンガにでてきたお菓子が本物になってる!」と自分でもときめきました(笑)。しかもレシピがあるから実際に作れるっていうのが画期的。これはBLじゃないので、みなさんどなたでもぜひ読んでみてください。
――マンガ好きの夢がつまっていますね。最後に今後について教えてください。
来年はBLではないマンガも、BLも、連載が始まる予定です。そろそろまったく新しいことを描きたいなと思ってます。BLではまだまだ描いてみたいキャラがたくさんいるので、一冊で完結するマンガをどんどん描いていきたい気持ちです。たまに猫っ毛も(笑)。