1. HOME
  2. インタビュー
  3. リーダーたちの本棚
  4. 製薬会社のあり方を良書に学ぶ 第一三共ヘルスケア代表取締役社長 ・西井良樹さんの本棚
PR by 朝日新聞社 メディアビジネス局

製薬会社のあり方を良書に学ぶ 第一三共ヘルスケア代表取締役社長 ・西井良樹さんの本棚

大学時代に影響を受けた書ビジネスの場で思い返す

 大阪で生まれ、岡山大学の農学部で学びました。この頃は、『自然発生説の検討』、『昆虫学への招待』(ともに岩波書店)など、サイエンス系の本を読むことが多かったですね。

 研究面で影響を受けたのは、『沈黙の春』。農薬や化学薬品による自然破壊に警鐘を鳴らした名著です。岡山周辺は瀬戸内海に面した白砂青松の地として知られますが、私が学んだ頃は海岸線の松が松食い虫の被害で褐色に変化し、その上無差別な農薬散布が行われていました。これに反対する社会運動が広がり、私も問題意識を持ったのです。卒論のテーマは、松枯れの原因となる線虫を植物由来の成分で退治できないかという内容でした。

 三共(現・第一三共)を就職先に選んだのは、入社当時、医薬品だけでなく農薬も扱っていたからです。配属先は、医療用医薬品の営業部門で、後にヘルスケア事業の製品戦略部門に移りました。製品戦略部門では、新しい技術を探索して製品化への道筋をつける仕事にあたり、酒造メーカーが開発した成分を活用した保湿クリームを導入しました。提携した香川県にある「勇心酒造」は、森羅万象に「生かされている」という哲学のもと、日本酒醸造の発酵技術を応用して微生物の持つ力を引き出す研究をしています。その哲学に触れ『沈黙の春』の内容を思い起こしました。本書は製薬会社の基本行動のバイブルであり、現在注目されるESGやSDGsの考え方に通じるものだと思います。

 『わしの眼は十年先が見える 大原孫三郎の生涯』は、大学時代に何度も訪れた大原美術館の設立者、大原孫三郎さんの伝記です。大学病院の営業をしていた38歳の時に読み、大原さんの誇りある生き方に感銘を受けました。社員の労働環境の改善に努めるなど人中心の経営を実践し、企業経営の傍ら病院や孤児院、学校や農業研究所などの設立に貢献した大原さん。バブル期における一過性のメセナと違い、その遺産は今も活用され続けています。書名になった「わしの眼は十年先が見える」という言葉が口癖だったそうですが、「百年先」と言い換えても嘘にならない方だと思います。城山三郎の筆によるビジネスロマンに共感しました。

あこがれの人物に会い著書を手に取る

 『人の上に立つ人の 仕事の《実例》「危機管理」術』は、46歳の時に一度読み、社長になってから読み返しました。生命関連製品を扱う企業にとって危機管理は重要な課題。本書は危機管理における「報・連・相」のポイントを的確に指摘します。責任ある人物への「念のため報告」や、緊急時は些細な情報でも迅速に伝える「拙速報告」。情報をアクティブに取りに行く姿勢や、「私がやらずに誰がやる」という気構え。報告する側も、される側も肝に銘じるべき内容が多く、大変参考になりました。

 『炭素文明論 「元素の王者」が歴史を動かす』は、書店でピンときた一冊です。地上にわずか0・08%しか存在しない炭素は、食品、衣料品、医薬品、化粧品など様々な「炭素化合物」を生む元素で、人類史は炭素の争奪戦の歴史であると書いています。そして、エネルギーの確保、食糧の増産、省資源化、医薬の発展といった人類の課題において、炭素の重要性は今後さらに増すであろうと締めくくります。著者は元製薬会社の研究者。製薬はまさに炭素化合物を扱う産業であることから、興味深く読みました。

 かれこれ5年前、子供時代にあこがれたヒーローに遭遇しました。南海ホークスの大ファンだった私は、幼い頃父親に連れられて大阪球場によく足を運んだものです。当時の4番はキャッチャーの野村克也さん。そのご本人に遭遇したのです。同伴者がたまたま野村さんと顔見知りだったことから、しばしお話しする機会に恵まれました。当時の監督や選手の名前を私が次々に挙げるので「あんた何歳や」と驚かれました(笑)。

 そんなこともあって野村さんの著書『凡人の強み 正しい努力だけが人間を磨く』を読みました。苦労をすることで培われた「思考」「感性」「勇気」が野村さんの原点であり、これを磨き、人に伝えるために言葉も磨かなければならないと説いています。「功ある者より、功なき者を集めよ」という言葉も印象的でした。誰もが華々しい「功」を求めるが、地味な働きの「功なき者」に意欲を持って取り組むよう、自分の役割の大切さを説き、評価をせよと。他にも、「組織が人を成長させ、人が組織を成長させる」「組織強化にはビジョンの共有が必要」といった含蓄のある言葉が並びます。野球ファンにはたまらない実例を交えた説得力のある内容で、人生論、組織論、リーダー論としても読みごたえがありました。(談)

西井良樹さんの経営論

 第一三共グループの中では唯一BtoC事業を展開する第一三共ヘルスケア。OTC医薬品(市販薬)、スキンケア製品、オーラルケア製品など多彩な商品ラインアップを抱える。西井良樹社長は第一三共で長く医療用医薬品に携わった。MR(医薬品の品質や安全性に関する情報を医療従事者に提供する営業担当者)としても活躍した。

高付加価値製品でQOLの向上に貢献

「大学病院のMRをしていた時に、担当の医師から『あなたに勧めてもらった薬のおかげで白血病のお子さんの命を救うことができた』と言われ、製薬会社で働く喜びを実感しました。あの言葉はずっと胸にあります。キャリアの中で最も多くかかわった製品は、1986年に発売した消炎鎮痛薬『ロキソニン』。BtoC事業を担う第一三共ヘルスケアに異動後、『ロキソニン』のスイッチOTC化にも携わり、『ロキソニンS』の市販開始を店頭で見届けました」

 近年、OTC医薬品への期待やニーズが高まっている。超高齢時代に向けた医療費の適正化が社会的な課題となる中、OTC医薬品の購入費用が一定の条件を満たせば対象となる「セルフメディケーション税制(医療費控除の特例)」が昨年スタートしたことも背景にある。

「軽い症状であれば市販の医薬品を利用するなどして、自分で健康管理や疾病予防を行う『セルフメディケーション』を、国や業界全体で推進しています。啓発活動とともに、セルフメディケーションに寄与する製品を生み続けることが当社の使命だと考えています」

オーラルケアやスキンケアを強化 

 第一三共ヘルスケアは、製薬4社のBtoC事業が2007年に統合してスタートした。「各社に新薬系のバックボーンがあるので、オリジナルの成分から新たな作用を発見したり、スイッチOTC化したりと市場創造型の商品を提供できる。安全性や有効性のエビデンスもしっかり取っている。これが大きな強み」と西井社長。近年はオーラルケア製品やスキンケア製品にも力を入れる。

「オーラルケア製品はセルフメディケーションの観点からも重要です。歯周病の影響は口腔内にとどまらず、全身に及ぶことが指摘されています。当社が貢献できることは多いと考えています」

 スキンケア製品の看板商品「ミノン」は、敏感肌・乾燥肌向け固形せっけんとして1973年に誕生。液体ソープやヘアケア製品など派生製品も多く生まれた。基礎化粧品「ミノン アミノモイスト」シリーズはインバウンド需要も急伸。また、新しい販売チャネルとして、通販や海外を拡充するなど、成長戦略を描いている。

「当社の理念は、生活者満足度の高い製品・サービスを継続的に生み出し、より健康で美しくありたい人々のQOL(クオリティー・オブ・ライフ)の向上に貢献すること。社員のQOLの向上から徹底し、お客様の声や現場の声に耳を傾け、社員自ら考え先へ先へと行動する組織づくりに努め、理念の実現を追求しています」

>西井社長の経営論 つづきはこちらから