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隅から隅まで見なきゃ損したような気分になる 間瀬なおかたさん「バスで おでかけ」

文:柿本礼子、写真:斉藤順子

細部まで描き込み、発見のある絵本をつくる

――ある寒い冬の日。「みんなで バスにのって おでかけするよ」と、一家がバスに乗り込み始まる物語。『バスで おでかけ』は、山を越え、港を通過して「すてきなところ」に到着するまでを描いた、しかけ絵本だ。ページをめくるたびに稜線を越え、違う町の景色が広がっていく。描いたのは『でんしゃで いこう』など数々のしかけ絵本を作っている間瀬なおかたさんだ。

 この絵本はまず、ものすごく描き込んでやろうと思って作ったんです。なぜかって言うと、僕の原画展を開いたとき、絵本も会場に置いていたんだけど、そこで子どもがお母さんに読みきかせをねだってるのね。何冊も何冊もお願いするから、傍で見ててもお母さんうんざりしてんのよ(笑)。「またー?」って感じで。

 それで何冊目かに『あめのひのえんそく』を読んだんだよね。あれは最後に綺麗な虹ができるしかけになっているんだけど、お母さんは面倒だからさっさと読んでいくでしょ? それで最後、「はい、終わりました」でパタッて閉じたわけ。虹ができた感激も何もないって感じでね(笑)。ひょっとしたら虹に気がついてないんじゃないのかな?ってすごいショックで、だから次の絵本は、隅から隅まで見なきゃ損したような気分になるような絵本を描くぞ、って思ったの。それが『バスで おでかけ』の出発点です。

――その通り、バスが進むに従って、見える景色がどんどん濃密になっていく! だから文字が読めない子どもも、絵を見るだけで楽しめる。

 文章には書いてないことも、いっぱい絵で描きました。例えば途中で雪が降り始めるでしょう? 一般的な絵本とか物語っていうのは「雪が降ってきました」みたいに書くけれど、僕は絵で描いた。そして、バスに乗っている人は、他のページでちゃんと降りているんです。例えば子供がここに2人座っているでしょう? この子たちは、途中でおじいさんとおばあさんが乗ってくると席を譲って立つの。そういうことが絵でわかる。絵は、飽きずに眺めても絶対新しい発見があるだろうと思うようなことを描き込みました。

『バスで おでかけ』(ひさかたチャイルド)より
『バスで おでかけ』(ひさかたチャイルド)より

――「ブロロン ブルン」という優しいバスの出発音とともに、バスはやがて繁華街を通り、港町につき……。描き込まれた絵は、子どもたちだけではなく、大人も楽しめるしかけになっている。

 子供には分からないような遊びも入っていて。港に停泊しているフェリーの船首でタイタニックごっこをしているカップルとか(笑)。遊園地の「出津新ランド」も、「ディズニーランドかな?」って読むでしょう? でもそれは僕が仕掛けた罠で、この正しい読み方のヒントは、前の場面にある。ほら、ここに「出津(イデズ)第三埠頭」って描いてあるでしょう? だからこれは「イデズシンランド」と読むんです。でもあるとき、読み聞かせに来ていたお母さんに「これはディズニーって読まないんですよね?」と言われて、「罠に引っかからない人がいたー!」と感動しましたね。

――よく見ると、間瀬さんの他作品『でんしゃでいこう でんしゃでかえろう』に出てくる駅や、『ドライブにいこう』で出てきた車がちらほら。もしかして、シリーズ中に出てくる町は同一のもの?

 そう、のりものシリーズの場所は同一で、みんな近所に住んでいるんだよ。以前「うみやまてつどう」シリーズの全線を入れた地図を作ったとき、この町も重ね合わせたんですが、今は原本がどこかに行っちゃった。ただ今度、中国の出版社が本をセットにしたおまけに地図を印刷してくれるというから、楽しみにしています。

漫画を描くなら自分一人で生きていける

――子どもの頃から絵が好きだったという間瀬さん。中学時代に漫画雑誌の似顔絵コーナーに投稿したところ掲載され、高校時代は自動車の雑誌「ドライバー」の読者投稿に1コマ漫画を送ったところ、毎号の特集扉絵として採用された。

 17歳の頃でした。最初は1カ月に4~5枚を送りつけていたら、いつも特選で載せてくれて、そうしているうちに出版社から「1ページで5~6点、あなたの作品だけ載せて個展という形でやりたい」と電話がかかってきた。それで舞い上がっちゃって、勘違いしたんだね。「俺には才能があるぞ」ってね。その快感が忘れられなくて。

 そしてもう一つ、僕は小学校、中学校ととても悪い子でね、いつも先生に叱られてて、中学3年生の時に母親が呼び出されて「本当にお宅のお子さんはどうしようもない」と散々叱られてね。一つ受けた高校は案の定落っこちちゃった。それでワルが集まるような高校に入ったんだけど、そこでもうまく行かなくてね…。だから高校時代ぐらいから、自分は世の中に出ても集団の中で上手くやっていけないんだって分かってきちゃった。自分一人で何とか稼いで生きていかなきゃなんないなって思いました。そこで自分に何ができるか? って考えて、漫画を描くなら……って思ったんだよね。

――大学時代には漫画雑誌に売り込みをするものの鳴かず飛ばず。卒業後も人形劇団に入ったり、喫茶店でアルバイトをしながら売り込みを続けた。

 一番不安な時期でした。何度も何度も持ち込みしても採用してもらえないって、すごいショックなんですよね。帰り道はホントに絶望してね。久里洋二さんだったか誰かが雑誌で書いていたんだけど、持ち込みしていて、なかなか採用してもらえないと、自分は才能がないのかなと思ってしまうって。その帰り道、線路の踏切を渡る時「このまま線路を歩いて列車で……」ってことも考えたっていう話を読んで、「あ、俺も」って。

 自分には漫画家は無理かなと諦めて、新聞広告の求人欄で仕事を探して、小さな出版社に就職しました。そこで出会った後輩が文学青年で、編集者を紹介してくれて、自費出版の童話の挿絵を描かせてもらった。この『ねんどのなみだ』が児童書の仕事に関わった原点です。それを講談社の編集者が見つけてくれて、『水色の屋根の小学校』という児童書に挿絵を描かせてもらいました。

――その後、画家の赤坂三好さんに師事し独立。挿絵から少しずつ物語を作るようになっていった。しかけ絵本は2000年頃から作り始めている。

 (出版社の)ひさかたチャイルドさんがしかけが得意で、やり始めたら「楽しいな」と思えるようになりました。きっかけになったのは『きょうりゅうじまだいぼうけん』です。いろんな動物の部分が見えているんだけど、ページをめくると全く違う動物になるというしかけです。大学で心理学の勉強をしたときに知った錯視が使えて面白いぞ、と。

――しかけのアイデアも沢山あるが、次はファンタジーにも挑戦したいと語る。

 SFファンタジーや、オー・ヘンリーみたいな温かいお話はいいなあと憧れますね。起承転結のすっきりした話は挑戦したいと思っています。一方で、『バスで おでかけ』のように、ストーリーだけでなく、一枚の絵の細部まで描き込んだ作品も作っていきたいですね。