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「マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ」書評 日々自由に生きてこその芸術

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月01日
マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について 著者:マルセル・デュシャン 出版社:河出書房新社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784309256061
発売⽇: 2018/09/27
サイズ: 20cm/181p

マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ アート、アーティスト、そして人生について [著]マルセル・デュシャン、[聞き手]カルヴィン・トムキンズ

 禅寺に参禅した時、老師からいきなり顔の前で「パチン」と平手を打たれて「これは何ですか」と問われた時のとまどいが、そのままデュシャンとの出会いに重なる。
 デュシャンの便器は禅の公案で、彼は「芸術とは何なんだ」と問うただけで芸術はこうあるべきだとは言ってはいない。芸術は何でもありとも言ってはいない。それを芸術だと言い出したのは批評である。
 そんな批評に対して作品という果たし状を突きつけたのであるが、その果たし状に批評は答えていない。あの「泉」と題する便器は一体何なのか。私小説的生活としての芸術なのか。それは批評に対するサプライズではなかったのか。
 本書のインタビュアーである批評家が初めてデュシャンに会った時、店に有名な民衆画家マックスフィールド・パリッシュの壁画があった。その絵を見たデュシャンは「わたし、あれが好きなんですよ」と言った。かつてのデュシャンの言葉「アートをもう一度精神に奉仕させたい」と矛盾していることに度肝を抜かれたこの批評家は、頭が真っ白になっただろう。デュシャンは常に自分は大衆のための芸術家であると主張している。つまり彼自身がパリッシュなのである。
 デュシャン作品を難しくしているのは本書などの美術批評家さんでしょう、と言いたいのはデュシャン自身であろう。美術批評の言葉が見つからないからだ。彼は作品の批評も批判もしない。それを無理に語ろうとすると自縛された一部の知識人に過ぎなくなる。
 デュシャンは別に難しいことを言って煙に巻こうとはしていない。芸術の中だけで芸術至上主義的に生きるのではなく、日々の生活の中でユーモアを交えて、無駄な時間を排除して、生活を遊び、自由な人生を生きてこそ芸術であると言いたいだけである。彼の言うことを真に受けて撞着することなく、禅を離れて禅を知る。これでいいのでは?
    ◇
 Marcel Duchamp(1887-1968)。芸術家
 Calvin Tomkins 1925年生まれ。米国の美術ジャーナリスト。