ことばとは何か。つねに民族や国家との関係で考えてきた。
その言語学者の文章約200編を集めた『田中克彦セレクション』全4巻が完結した。27歳から今日までの57年間、雑誌や新聞に書き、『ことばと国家』などの著書には収められていないものを、言語学、モンゴルといったテーマごとに編んだ。
「学問は、民衆的な土台を持ってないといけない、と僕は思ってる。学者だけでなく、読者が支えてくれている。これ、ほんとに大事なことなんですよ」
敗戦後、中学生の時、ソ連からの引き揚げ者から、楽しい思い出も聞いた。ウズベキスタンなどから帰ってきた人だ。中央アジアに対する関心がめばえ、1953年、東京外国語大学のモンゴル語学科に入学する。
日本語とモンゴル語の辞書はなく、ロシア語、ドイツ語、フランス語から学んでいった。モンゴル語は、一般的な教養からはずれた、変わり者が学ぶ特殊な言語と見られがちだ。「だから、モンゴル研究を孤立させないよう、普遍的な諸学の中に置かねばならなかった」という。
日本と国交を結ぶ1年前、71年のモンゴル紀行も収められている。時代は変わった。「これを書いた頃、モンゴルの若者が相ついで日本にやってきて、日本のすもう界を独占してしまうなどと、いったい誰が想像しただろうか」と、今回書き添えた。
一橋大学大学院での師・亀井孝さんについての文章は、とくに印象的だ。「本当の教養人。本気でたたかおうと思った」という。関係はずっと続いた。
亀井さんがベルリン自由大学で、明治百年を機におこなったドイツ語の講義を、田中さんは日本語に訳し、圧縮して「中央公論」に載せた。「天皇制の言語学的考察」という論文だ。ミカド、天子様、皇帝などの語を押しのけて、「天皇」がひろめられた過程を跡づけている。
「これは、世に知らせないわけにはいかないという、純粋な気持ちで訳したんです」
日本語をめぐる文章も多い。日本語を使う外国人と日本人を「日本語人」と呼ぶ。
「いま必要なのは、外国から来て介護やコンビニで働く若者たちの心に届く、日本語です」
(文・石田祐樹 写真・山本友来)=朝日新聞2018年12月15日掲載
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