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「今年の最終節」 津村記久子

 なぜか最近になって新幹線が苦手なような気がしてきていた。脚の不快感がひどい。それでも、そのことに気づいた翌週である十一月十七日に、新幹線に乗ってサッカーの試合を観(み)るために千葉のフクダ電子アリーナに行った。ジェフ千葉対栃木SCの試合だった。ちなみに二月の開幕節は栃木に試合を見に行った。
 行きもやはりいやな感じで、帰りを想像すると憂鬱(ゆううつ)だった。品川から千葉に向かう横須賀線の車中で、二回「席を譲ります」と申し出ることがあったのだけど、両方断られた。一回目の女の人は「白髪染めをやめたらやたら席を譲られるようになったんです」と元気に話していた。二人目の人も「カートを持ってるから立ってる方が楽なのよ」と言った。東京のお年寄りはハキハキしている。
 フクダ電子アリーナでは、小説を書く時に話を聞かせていただいたサポーターさんにお礼を言いに行った。いろいろ言いながらも、本当にチームを愛してるんだなあという様子で、どの話も実感がこもっていてすごくおもしろい。ずっと聞いていたいと思った。帰り道でお馴染(なじ)みの猫を探していたのも印象的だった。
 怖かった帰りの新幹線では眠らずにゲームをしたら、懸案だった事項がいろいろクリアできた。いろいろ調べると、リクライニングの角度が自分に合っていなかったようだ。名古屋から乗ってきた女性が、松本山雅との試合の帰りの徳島ヴォルティスのサポーターだったので、思わず声をかけるといろいろ話してくれた。新大阪から車で徳島に帰るということ、旦那さんと一緒に練習を見に行ってチームを好きになったこと、大阪出身で、もう夫婦で帰ってもいいんだけれども、チームがあるから鳴門を離れられないこと。すごくいい話を聞いたと思って新大阪で降りた。怖がっていた新幹線の帰りはいつの間にか終わっていた。
 家にいるのが大好きだ。でも出てみないとわからないことは本当に多い。編集されていない誰かの話を聞くために、まだしばらくはいろいろな所に行きたい。
=朝日新聞2018年12月17日掲載