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子ども部屋の魔法のお話 酒井駒子さん「ビロードのうさぎ」

文:岩本恵美、写真:有村蓮

自分が知っている感覚に引き寄せた

――「ビロードのうさぎ」は、1922年にイギリスで刊行されたマージェリィ・ウィリアムズによる“The Velveteen Rabbit”が原作。ぼうやのもとにやってきたビロードでできたうさぎのぬいぐるみが“ほんとう”のうさぎになるまでを描いたお話だ。ビロードのうさぎにとっての“ほんとう”とは何か。大人が読んでも心揺さぶられる絵本は世界中で翻訳され、1953年にはすでに石井桃子さんによる日本語版も刊行されている。そんな名作絵本と酒井駒子さんとの出会いのきっかけは「絵」だった。

 原作の絵を担当したウィリアム・ニコルソンの絵がもともと好きだったんです。彼の「かしこいビル」という絵本が好きで、同じ画家が“The Velveteen Rabbit”の絵も描いていると教えてもらい、原作を手に取りました。洋書なので、ぬいぐるみのうさぎが本物のうさぎになるという大まかな筋しかわからないままでしたけど、やっぱりすばらしい絵だなと思っていました。

原作の“The Velveteen Rabbit”
原作の“The Velveteen Rabbit”

 その後、出版社の方から「『ビロードのうさぎ』の絵を描いてみませんか」というお話をいただいて、「あ、あのお話のことかな」と。編集の方から口頭であらすじを聞いて、その時に「これは子ども部屋の魔法のお話なんです」っていう言葉がとても印象に残って、なんだか描けそうだなと思ったんです。

 原作は本当にすばらしいのですが、絵本というよりは読み物に挿絵が入っているという感じだったので、もし自分が新たに描くのであれば絵本として文章と絵のバランスをとって、文章を圧縮した形にしたいなと思いました。

――そこで原作のエッセンスを凝縮した「抄訳」という形をとった本作。英語が苦手という酒井さんは原作の下訳をベースに絵本の構成を考えていったという。

 まずは、いただいた下訳をもとに各ページに絵がくるような形にしながら、絵にしたいところを直感的に割り振っていきました。最終的に絵ができた時点で、この絵にはこれくらいの意味が入らないといけないなと考えながら、自分なりの言葉にしていきました。

 このお話だからというわけではないんですけど、ちいさい人にも伝わりやすい文字量、言葉のスピードやリズム、どういう言葉が最初にくると頭に入ってきやすいかなどを考えながら文章にしていきました。

――絵にしろ、文章にしろ、原作に、石井桃子訳の絵本にと、先行する作品のイメージがある。それでも、酒井駒子版としての「ビロードのうさぎ」をつくることができたのは、子ども時代の原体験があったからだ。

 全く知らないことを描くのは難しいので、やっぱりどこか自分の知っている感覚に引き寄せて描こうと思っています。

 私もちいさいころ、絵本のぼうやと同じようにぬいぐるみと遊んだり、寝る前に並べて一緒に寝たりしていました。ぬいぐるみに心惹かれる気持ちや、あのぬいぐるみたちは今どこにあるんだろうといった一連の気持ちがやっぱりあるから、そういう自分の気持ちを核にしていけばつくれる気がしたんですよね。

 ぼうやとビロードのうさぎが庭で遊ぶ場面は描いていて楽しかったです。ぼうやにとってもビロードのうさぎにとっても楽しい時間、美しい時間。二人にとって、いつかまた思い出すような時間だったのかなと思います。

酒井駒子「ビロードのうさぎ」(ブロンズ新社)より
酒井駒子「ビロードのうさぎ」(ブロンズ新社)より

 ちいさい人にはいま横にいるであろうぬいぐるみなどのことを思いながら、大人の人にはかつて一緒にいたものたちのことを思い出して読んでもらえたらとってもうれしいですね。

デビュー20年。子どもへのあたたかいまなざしが創作の原動力

――絵本作家になる前、酒井さんは会社勤めをした経験がある。会社員から絵本作家への転身。その原点もやはり子ども時代にあった。

 中学生のころに、宮沢賢治や小川未明の作品と出会って、これに挿絵をつけたいなという衝動があったんです。自分で線を引いて、ここでページを割って、ここに絵を入れて、というようなことをやっていて。そんな妄想をしつつも、なかなかつくりきれないんですけど、中学生だから「やりたい」っていう気持ちがすごくあったんですよね。

 大学を卒業後、小さなデザイン事務所に勤めたんですが、毎日通ってずっと部屋の中で仕事をするというのがつらくて、家で自分一人でできる仕事をしたいなと考えた時に、そういえば中学生の時にあんなに絵本をつくりたかったんだったと思い出して。そこから公募展に出したり、絵本のワークショップに通ったりして、だんだんと絵本の仕事ができるようになっていきました。

――1998年に絵本作家としてデビューしてから20余年。酒井さんがずっと創作を続けてこられた原動力とはなんだったのか。

 ちいさな子どもや色々な人の子ども時代にすごく惹かれるんです。だから、ずっと絵本をつくってこられたのかなという気がします。

 子どもって面白いんですよね。子どもがしゃべる言葉とか、子ども自身はそんなつもりじゃなくても大人が聞くとなんだかすごく面白い言葉に聞こえるものってありますよね。

――2013年には都会を離れた山の中にアトリエを構え、東京と行き来しながら絵本の制作をしている。環境の変化はインスピレーションの源だ。

 環境が変わるとやっぱりちょっと気持ちも変わります。こっちでなかなか進まないなと思っていたことが、向こうに行ったらパッと描けたりすることも。逆に向こうで全然進まないと思って帰ってきたら、ちょっと進んだり。向こうには自然がいっぱいあるので、木や花を描くようなお話だとやりやすかったりもしますね。

 絵本ができる時っていうのは、「こういう絵本をつくりたいな」というボワっとしたイメージと、それとは別に断片的にあるいろんなエピソードが、ある時シュッと一つになるんですよね。いつか山の中のお話とか、山のアトリエで見た風景の絵本をつくってみたいなと思っています。