SF講座の受講生 異例のデビュー
批評家の東浩紀さんと書評家の大森望さんが東京・五反田のゲンロンカフェで始めた「ゲンロンSF創作講座」。その受講生だった櫻木(さくらき)みわさんが、単行本「うつくしい繭」(講談社)で作家デビューした。東ティモールやラオスなど、アジアが舞台の四つの物語を収めた短編集だ。
表題作は、ラオスの奥地にある辺鄙(へんぴ)な村で、選ばれたゲストたちに秘密の〈トリートメント〉をほどこす施設を描く。その心臓部は〈コクーン・ルーム〉と呼ばれ、薬草の香りに包まれた部屋にカプセル型の機械が置かれていた。そこでゲストたちはどんな体験をするのか。物語は、施設で働くことになった日本人女性の視点でつづられる。
各編にはSF的な設定や小道具を用いているが、講座を受けるまでSFの素養は「まったくなかった」と明かす。毎月テーマに沿った作品の梗概(こうがい)(あらすじ)を書くカリキュラムのなかで、「無理やりだったんだけれども、そのことで物語を飛躍させてもらった。翼をもらった感じです」と話す。
かつて炭鉱で栄えた福岡県の筑豊地方に生まれ、「ほかに娯楽もないし、ずっと本を読んで育った」。高校生で読んだ沢木耕太郎さんの「深夜特急」でインドに憧れ、大学時代に旅行をした。飛行機の乗り継ぎのため偶然降り立ったタイのバンコクで、「直感で、アジアのお話を書きたいと思った」と振り返る。
卒業後にタイへと渡り、出版社で日本人女性向けのフリーペーパーを編集。外務省で働くフランス人男性と出会って結婚し、彼の転勤について東ティモールやフランス、インドネシアに滞在した。裕福で何不自由ない生活だったが、小説は書けなかった。
「ぬるい暮らしをしてるから書けないんだと思って、結局それで離婚して。犠牲を払ったからといって良い小説が書けるわけではないけれど、自分はこうしてしか、このようにしか書けなかった」
その後、2016年4月に始まったゲンロンSF創作講座に1期生として参加。アジア滞在中に書きためたノートや日記をもとにした作品で編集者の目に留まり、本作で異例のデビューを飾った。
植民地時代の長かった東ティモールで〈死者の声〉を聞く少女が主人公の「苦い花と甘い花」、人の魂を映す石を作りだす貝が出てくる「夏光(かこう)結晶」など、収録作には記憶にまつわる物語が多い。
「誰かの物語に興味があるんだと思うんです。声高には語られないけれど、美しく生きてたり、大変な思いをして生きてたりする人の物語を書いていきたい」
本体1600円。(山崎聡)=朝日新聞2019年1月21日掲載