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「民主主義の後退」を考える 寛容と自制心の規範ゆらぐ

トランプ大統領が打ち出した国境の壁に反対する米市民ら=2019年1月、米テキサス州、AP

 残念ながら、2019年の話題はやはり「民主主義の後退」である。一方で、世界の各地域において目立つのは、独裁的指導者たちである。米国のトランプ、中国の習近平(シーチンピン)、ロシアのプーチン、トルコのエルドアンらの存在感は、悪い意味で増す一方である。
 他方で、民主主義を担うとされた国家において、その脆弱(ぜいじゃく)化が著しい。トランプを選んだ米国だけではない。ブレグジットの迷走が続くイギリス、マクロン大統領への反発からデモが激化するフランスを含め、「民主主義ははたして大丈夫か」という疑念が増大している。
 ある意味で以上の二つの側面は切り離せない。民主主義自体が脆弱化し、その基盤が揺らいでいるからこそ、民主主義によって制約されない指導者が悪目立ちする。本質的なのはやはり、民主主義の「弱さ」をどのように捉えるかにあるだろう。
 『民主主義の死に方』によれば、現代において民主主義を崩壊させるのは将軍や軍人ではない。選挙で選ばれた政治家が、民主主義の制度を使って、徐々に、さりげなく民主主義を「殺す」事態こそが問題である。
 民主主義を支えるのは制度だけではない。肝心なのは「相互的寛容」と「自制心」という規範である。政治的ライバルを敵ではなく、正当な存在として受け入れること、自らの組織特権を行使するときに節度をわきまえること、これらは民主主義を支える「柔らかいガードレール」であった。
 しかしながらトランプ大統領はそれをいとも簡単に踏みにじる。政敵を激しい言葉で罵倒し、暴力を暗示して封じ込める。情報を隠蔽(いんぺい)・操作し、自らの権限を行使するにあたってあらゆる制約を振り放つ。このような規範の脆弱化はトランプに始まったのではなく、政党が政治家を選ぶ「門番」としての機能を長期にわたって喪失してきた結果であると著者たちは主張する。

弱まる中産階級

 『政治の衰退』は、異なる視点から、自由民主主義の危機に警鐘を鳴らす。著者は人類史における政治の動きを、安定した統治機構を持つ国家の発展、為政者をも制約する法の支配の確立、政府が国民に対してもつ民主的な説明責任の実現という三つの要素から説明する。
 米国のみならず中国に大きな紙幅を割いているのが本書の特徴だが、その双方とも現状は厳しい。米国において法の支配と民主的説明責任が形式化した結果、機能的な国家運営が阻害され、利益政治と拒否権行使が横行しているとすれば、強力な国家機構を確立した中国においては、法の支配と民主的説明責任がないがしろにされている。
 あくまで自由民主主義の魅力が失われることはないと説くフクヤマであるが、中産階級が現代のグローバリズムの下で弱体化し、民主主義が硬直化して変化に対応できていないという現状分析が印象的だ。

多様性阻むIT

 最後に『#リパブリック』についても一言。著者は、ネット社会において、人が自らの好む情報にばかり接していることに危機感を示す。民主主義において重要なのが、自分と異なる意見に接し、熟議を通じて自らの考えを修正していくことにあるとすれば、アルゴリズムによって支配されるIT社会において、その条件は失われるばかりである。いかにして多様な考えに接するための仕組みを構築できるか、その議論は一考に値する。
 日本にとっても他人事ではない。日本政治に「相互的寛容」と「自制心」が見られるか。民主的説明責任が十分にはたされているか。同じような意見ばかりで集まっていないか。年初にあたって真剣に自問すべきだろう。=朝日新聞2019年1月26日掲載