英国と米国の大学教師が半年間ポストを取り換えるはずが、妻をも交換してしまう『交換教授』。戒律で人工的な避妊を禁じられたカトリックの若者の信仰と性の悩みをコミカルに描いた『どこまで行けるか』。笑い転げたあとに人間とは何かを考えさせる作品を、半世紀以上にわたり次々と生み出してきた。
現代イギリスを代表するその小説家が、創作の秘密や文学賞の内幕を驚くほどの率直さで描いた自伝である。
本人の言葉では中流下層の出身。父親はダンスバンドの楽士だった。戦後の「福祉国家」の恩恵で大学へ進み、作家と学者の二足のわらじをはいた。
『作家の運』は自伝の第2巻にあたり(第1巻は未訳)、文壇の花形として活躍した1976年から91年を回想する。
「作家には、言語への鋭い感覚は欠かせませんが、人生経験をもとに人物を造形し、プロットを考え抜く力が必要です」
世界一周の途上、82年に東京に立ち寄った著者は、銀座で雨に降られて地下のバーに避難した。飲み物を頼むためには何か歌わねばならぬと、ほのめかされ、「ヘイ・ジュード」を選んだ。のちに世界を席巻するカラオケの初体験であり、この場面は、小説の素材となる。文壇や学界での人間関係も、ダウン症の次男をめぐる悩みも、「目の細かい網」ですくうように詳細に記録され、作家人生の全体像が浮かび上がる。
89年、年間の最高の小説に与えられるブッカー賞の選考委員長に就任した。この年の受賞作はノーベル賞作家カズオ・イシグロの出世作『日の名残り』。イシグロの受賞はほぼ満票だったが、候補作を絞り込む過程で他の作品をめぐり激しい駆け引きがあったことが明かされる。
「授賞式は生中継され、米国のアカデミー賞のようになりました。メディアが作り出した現象です。しかし、よい小説の絶対的基準などありません。審査員の好みや嫉妬、文壇内の争いも影響するのです」 文学賞が文学をどう変えたか。その功罪を問いかける。
より詳細なインタビューはWEBで(http://t.asahi.com/uzhv)。
(文と写真 編集委員・三浦俊章)=朝日新聞2019年1月26日掲載
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