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思い出せない 柴崎友香

 インターネットがなかったときどうしていたのか、と思うことが増えた。わたしが大学生のころはまだインターネットは日常生活の中になく、人生の半分以上、しかも人間形成の重要な時期にそれなしで過ごしていたというのに。
 今では、なんでも、すぐ検索する。ここ数年、わたしは外国に行く機会が急に増えたのだが、空港で乗り継ぎができるか心配で仕方ない。「〇〇空港 乗り継ぎ」と入力すると、誰かが、見取り図や実際に行ったときの写真満載でわかりやすく示してくれている。行った先で日用品は手に入るか調べると、そこに住んでいる人が、この店で売ってるこれがおすすめだとかこっちはダメだとか、やっぱり写真入りで事細かに書いてある。日本中の駅のコインロッカーを、調べて載せてくれているブログもある。
 わたしがこれから経験することはすべて、すでに誰かによって経験されていて、わたしはそれをなぞるのやなあ、と、大げさに言うと人類の営みに感動したりもする。これがなかったら、わたしはどうやって外国の巨大な空港で短時間に乗り継いだり宿泊先を探したり、地球の裏側の天気予報を知ったりするのだろう。
 大学生のころ、同年代の若者がバックパッカーで世界を旅行するのが流行(はや)っていた。友人にも、とりあえず現地に着いてから宿を探すという人がいた。話を聞くだけで、不安になった。そんな怖がりで臆病な性格でも、なんとか旅行ができるのはインターネットのおかげだろう。
 飲み会をするお店はどうやって見つけて、道順はどうやって知ったのか。東京に遊びに行ったとき、複雑すぎる地下鉄の乗り換えをどう乗り切れたのか。
 電話番号や道順は覚えなくなったし、スマートフォンを忘れてきただけでなにもできなくなる。そう、なにもできなくなって、以前はなくても生活できたのに、そのやり方がわからなくて、その忘れぶりにものすごく驚く。
 そして自分は「人間に聞く」ということがとことん苦手なようだ。=朝日新聞2019年1月28日掲載