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ミロコマチコさんの絵本「オオカミがとぶひ」 絵を描くことで生き物の力を取り入れたい

文:岩本恵美、写真:有村蓮

日常のできごとや人の感情を動物で表現

――「きょうは かぜが つよい びゅうびゅう びょうびょう ふきぬける」「だって オオカミが かけまわっているから」。「とおくで カミナリが なっている ゴロゴロ ドンドン なっている」「ああ そうか ゴリラが むねを たたいているんだ」――。ミロコマチコさんの絵本デビュー作『オオカミがとぶひ』は、日々の自然現象や身のまわりのできごとから感じたことを動物たちで表した絵本だ。この自由でユニークな発想はどこから生まれたのだろうか。

 私は散歩をしながらアイデアを練ることが多いのですが、出版社の方から「絵本を作りませんか」と声をかけられていて、その日も絵本のことを考えながら 散歩していたんですね。ものすごく風の強い日だったので、下を向いて体を前かがみにしながら歩いていたら、あまりにも前が見えないし、空も見えないので、頭の中でオオカミがびゅうびゅう駆け回っているように思えたんです。

 これは面白いと思って、絵本になりそうだなと「動物たちが起こす何か」を考え始めました。一枚絵で描く時には、その動物の性格などを考えて描くことがあるんですけど、絵本はちょっと違うというか……。例えば、この絵本でも描いていますけど、夢中になって何かをやっている時って時間がすごく早く過ぎるように感じる。でも、眠れない時って時間が経つのが遅く感じる。そういう、人の感情や感覚みたいなものを動物で表すのが面白いなと思って試してみたり、雨がたくさん降ってきたのを見て、雨粒を体の斑点に置き換えてチーターが集まってきたというようにイメージから想像を膨らませてみることの楽しさを表現してみたりしました。

 けっこう、ふだんから考えていたことがオオカミのアイデアをきっかけにスルスルと出てきたんです。でも、そうしたら15見開きを予定していた絵本におさまりきらない数のアイデアが出てきたので、主人公の男の子の一日の流れにして男の子が面白いと感じるだろうなと思うものに絞りました。

――主人公の男の子のことを「きっとこの子は私」とミロコさんは語る。とはいえ、それまで描いていたのは動物が中心で、ほとんど人間を描いたことがなく、人間を描くことはミロコさんにとってチャレンジとなった。

 動物ばかりを描いていたので、この子をいざ描こうとすると、なんかハッとなりました。ラフの段階ではぼんやり描いていて、担当編集さんに「この人間、どうしていいかわからないんです」って言うことも。

 結局、なるべくふだん動物を見るように人間を見ようと思って描いたら、こういうのが出てきて、変だけど面白いんじゃないかなと思いましたね。いろんなパターンで描いてみて、ちょっとずつ決まっていった感じです。でも、顔もどんどん変わるし定まらないので、人間を描くのはやっぱり大変。だから、クラスメイトが15人います、というような絵本は難しいかも(笑)

「オオカミがとぶひ」(イースト・プレス)より
「オオカミがとぶひ」(イースト・プレス)より

動物への憧れ。絵にして生きる力を取り入れたい

――なぜミロコさんは動物ばかりをたくさん描いてきたのだろう。無類の動物好きだからなのかと思いきや、その理由はもっと深いものだった。

 動物を描く元々のきっかけは、単純に形が面白いことでした。例えば、「馬」って知ってはいるけど、いざ描こうと思ったらすごい難しくて、「どんな顔してたっけ?」「どんな足だっけ?」と全然描けない。それが面白くもあり、知ったような気になっていたんだなと思ったんです。

 私、描かないと理解できないんですよ。眺めているだけだと、わかった気になっているだけで。描くことで、足はこっちに曲がっているのかとか、角ってこんなに大きいんだとか、そういうことがわかるのが面白くて、動物をどんどん描いていました。

 今は動物をもうちょっと生き物として見るようになってきて、憧れの目線で描くようになっています。

 私は、いろんなものがないと不安になったり、すぐに「頭が痛い」とか「寒い」「暑い」とかって弱音を吐いたりと、自分のことを生き物として弱いなと思っているんです。だけど、動物たちは身体ひとつで生きていて、ダメな時はダメだということもきちんと受け入れて生きている。動物たちの生きている姿がかっこよくてうらやましいんです。

 動物たちには私が失くしてきたものがいっぱいあるなと思います。「もうすぐ雨が降る」とか「あっちにご飯があるぞ」とか、生きるために必要な感覚が敏感なまま。そういう本能的な部分を少しでも取り戻したくて、絵を描くことで生き物の力みたいなものを取り入れたいという気持ちもあります。

絵本づくりをきっかけに“自由”に描けるようになった

――「物語を作りたい」という思いから絵本作家を志したミロコさんだが、絵を描くことからは遠ざかっていた。ミロコさんの絵の特徴でもある、力強い筆致で伸び伸びと自由に描けるようになったのは大人になってからだった。

 13歳くらいの時に弟の付き添いでミヒャエル・エンデの『モモ』を題材にした人形劇を見て、すごく感動したんです。

 そこから児童文学の世界に触れて、自然と図書館の絵本コーナーへ。そこで出会った長新太さんや片山健さんらの絵本の自由度たるやすごくて、絵本って面白いんだなと思いましたね。絵本の魅力には触れてはいたものの、お話を作りたいという夢は人形劇がきっかけだったので、大学生の時には人形劇団に入ってそこで台本を書いていました。そのうち絵本を作りたくなって、絵を本格的に描き始めたんです。

 子どもの頃、絵を描くこと自体は好きだったんですけど、成長するにつれて描かなくなりました。絵が上手な友だちと一緒に絵を描いて遊んでいると、大人には悪気はないんだろうけど、「〇〇ちゃんはすごい絵が上手ね。マチコちゃんは何を描いているのかわからないなぁ」とか、私が犬を描いていても「クマかしら?」と言われることがあって、子どもながらに、私は絵を描く人じゃないんだ、と思っていた覚えがあります。

 でも、20歳も過ぎて大人になると誰も何も言わなくなったし、やっぱり描き始めると楽しくて、絵が好きだったことを思い出したんです。絵本のために通い始めたアートスクールの先生がとにかく「いいよ」しか言わない人で、どんどん気持ちよく描けるようになったんですよね。下手でも、変な形でもいいんだって。

――自分の好きなように自由に描く楽しさを知ったミロコさん。その絵本づくりも、読者の自由を尊重するスタイルだ。

 なるべく読者の方が想像できるようにと思っています。絵と文字を入れ過ぎずに、なるべく説明しない。決めすぎない。

 遊びがいっぱいあった方がいいですよね。みんなの想像で変わる絵本がいいなと思っています。「私はこう見えた」「僕はこういう感じ方をした」「それ全然違うね」って。私の絵本には正解はないんです。だから、例えば「ここにキリンが出てきたら、どんな世界だろうね」とか、絵本を飛び出してそこから先も遊べたり、思いが膨らんだりするような絵本を作りたいなと思っています。