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正月島から遠く離れて 津村記久子

 一月二日に「次の正月まであと三六四日と考えたらいいのではないか」と思いついた。仕事をしながら。二日から仕事をするなよという感じがするのだけれども、そうしたら一月の二週目の土日は両方とも休めそうだったし、年末は二十九日から休めたのでもういいや、と思って仕事をしていた。
 正月、昨日だったんだよな、とぼんやり思った。夕方に近所の神社にお詣(まい)りに行ったらみんなまだ正月で盛り上がってたし。その一月二日の時点で年が明けて三回お詣りに行っていた。お正月のお詣りも常態化すると「正月だ」と感じにくくなる。その上でいつものように仕事を始めてしまうと、正月感はゼロに等しくなる。もったいない気もするのだが、年をとってきて時間が過ぎるのが早くなってきたので「次の正月まであと三六四日」と口に出すと、意外となんてことない気がしてきた。「年」という単位は重いのだが「日」に換算すると、重さが七割ぐらいになる気がする。
 しばらくはこれでもっていた。一月の十日ぐらいまでは、もう三六〇日切ったよ、あと三五五日か、などと脳天気に数えていた。が、成人式のあたりから、気付いていなかった綻(ほころ)びが表面化し、すべてががらがらと崩れ落ち、その後二週間各方面にあやまり、自責し、布団の中で泣き、誕生日に友達がくれたおやつを食べて気を取り直し、今日に至る。次の正月まで何日かはよくわからない。
 まだ一月なのに、わたしはあまりに遠くまで来すぎてしまった。正月を島として、わたしは十日ぐらいまでは豆粒のような正月島を眺めながら、そのうちまた上陸できるだろう、と思っていたのだが、海流に巻き込まれてあわわわとなっているうちに正月島を見失って呆然(ぼうぜん)と漂流しているような状態と言える。
 一年とは正月を目指す航海だ、と苦し紛れに言ってみる。とりあえず、また三××日と数え直すのも悲しいので、九月二十三日から改めて「あと一〇〇日」のカウントダウンを始めたいと思う。=朝日新聞2019年2月4日掲載