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「アルシノエ二世」書評 姉弟婚で王朝を神格化、繁栄へ

評者: 出口治明 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月09日
アルシノエ二世 ヘレニズム世界の王族女性と結婚 著者:森谷公俊 出版社:白水社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784560096673
発売⽇: 2018/12/26
サイズ: 20cm/225,74p

アルシノエ二世 ヘレニズム世界の王族女性と結婚 [著]エリザベス・ドネリー・カーニー

 エジプトの女王、クレオパトラ7世は、弟であるプトレマイオス13世、14世と結婚していた。この王朝の特徴である兄弟姉妹婚はどうして始まったのか。その謎を解くのが本書である。
 アレクサンドロス大王の死後、広大な帝国はディアドコイ(後継者たち)と呼ばれるアレクサンドロスの将軍たちの草刈り場となった。その中で豊かなエジプトを手に入れたのがプトレマイオス1世(救済王)だった。その娘として生まれたアルシノエ2世はトラキア王と結婚し子をなす。夫が戦死した後、アルシノエは、実の弟プトレマイオス2世に跡継ぎの座を奪われエジプトを去った異母兄弟のマケドニア王と結婚するが、自分の子どもをこの王に殺される。エジプトに逃れたアルシノエは、既に子をなしていた前妃を追放して独身となっていた実の弟と3度目の結婚をし栄光をつかんで生涯を終える。
 我々には理解しにくい姉弟婚の理由は何か。なぜ姉と弟はこの特異な結婚に踏み切ったのか。そこには2人の生存戦略があった。当時のエジプト人にもギリシア人にも兄弟姉妹婚の例はなかった。ただし神々は別である。オシリスとイシス、ゼウスとヘラはどちらも兄弟姉妹婚である。それまでのヘレニズム世界の王族では一夫多妻が常であったが、そのことは王位継承をめぐる痛ましい闘争を引き起こした。現にアルシノエの2番目の夫と3番目の夫の争いがそうであった。プトレマイオス2世は姉と結婚することで、「神なる救済者たち」としての両親の祭儀と「神なる姉弟」としての自分たちの祭祀を2組のペアとして描き出し、王と王妃を対にした形で神格化し新しい王朝イメージを創出したのである。「兄弟姉妹婚は、現在の夫婦を前の夫婦の生まれ変わりに見せることができたのだ」と著者は指摘する。これ以降、兄弟姉妹婚は300年近く続いたプトレマイオス王朝の伝統となる。とても面白い見立てだ。
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 Elizabeth Donnelly Carney 米クレムゾン大教授。古代マケドニア女性史研究の第一人者。