「少子化」の意味を実感として得たのは今年の正月に帰省した時だ。かつて1学年10クラスあった地元の中学校が今はたった2クラスしかないという。現在の住まいが比較的若いファミリーが多い地区ということもあるが、地方と東京では少子化の体感があまりに違う。その衝撃が消えないまま本作を手にとった。
主人公は東京から地元に戻ってきた三原。働き盛りの25歳なれど勤労意欲は薄く、母親に背中を押される形で全校生徒17人の小学校のスクールバスの運転手に。この仕事も悪くないと思い始めた途端、廃校問題を突きつけられる。
現場の教師、ここに自分の居場所を見出(みいだ)した子供、学校を最後の拠(よ)り所と考える年寄り連中。各々(おのおの)の立場から学校への想(おも)いが軽妙な会話と共に綴(つづ)られる。誰かと話すたびに三原の中の学校の存在も大きくなっていく。とはいえ、彼に特別な能力やITスキルがあるわけではない。何かしたいけれど何をすればいいのかわからない――。主人公のジレンマが自分ごとのように響く。廃校の先に待ちうける問題はけして他人事(ひとごと)ではないからだ。構成の難しい複雑なテーマを軽やかに描いた意欲作。この先もこの物語を追いかけていきたい。=朝日新聞2019年3月16日掲載
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