久しぶりに少し、落ち込んでいる。お気に入りのピアスを片方、落としてしまったからだ。
これが一人で行動している昼間なら、諦めがつくまで探しに戻るが、生憎(あいにく)、紛失に気付いたのは夜。それも編集者の方々に丸一日取材にご同行いただいた末、お疲れさまと入った店であった。
ようやく一息ついてらっしゃる編集者さんたちに、気を使わせられはしない。動揺を押し殺してさりげなく周りを見回し、やっぱりない、と片耳に触れるのが精いっぱい。朝からほうぼう歩き回った後のため、探しに行くのはどう考えても不可能で、そのまますごすごと家に引き上げた。
親しいお店で作っていただいたピアスなので、片方だけ発注するのは難しくない。それにもかかわらず自分でも珍しいほど落ち込んだのは、それが三、四年ぶりの落とし物だったからだ。
ピアスホールを開けて間がない二十代の頃は、着用に慣れていなかったため、二、三か月に一度は必ずピアスを落とした。三十代からは徐々にそれが間遠になり、この数年はとんと失敗をしていない。
最初から自分の迂闊(うかつ)さを承知していれば、何を落とそうともがっかりはしない。もはやそんなことはあるまいと高を括(くく)っていただけに、傲慢(ごうまん)な自分がなおさら情けなくなる。顧みれば逆上がりも九九も苦手だった子供の頃は、「できないこと」をたくさん抱えているのが当然で、どんなミスをしても平気だった。大人になればなるほど、失敗が怖く、人の眼が気になってきたのは、知らず知らずのうちに自分が「できる」人間と考えるに至ったからかもしれない。
だがそもそも、年を重ねたから失敗をしないというのは、幻想だ。ピアスだって、最近たまたま落とさない日々が続いていただけで、明日からは毎日紛失を重ねるかもしれない。いや、自分のうっかり工合(ぐあい)を考えれば、むしろその方が自然だと自分に言い聞かせながら、私はまだピアスの消えた片耳を撫(な)で続けている。=朝日新聞2019年3月25日掲載
編集部一押し!
-
インタビュー 辻村深月さん「ファイア・ドーム」 町に舞う噂の火、なぜ人は事件にひかれる ミステリーの外に続く未来へ 朝日新聞文化部
-
-
本屋は生きている たびたび書店(兵庫) 出版社勤務、教員、介護職員を経た店主がつくる、人が自然に滞在する空間 朴順梨
-
-
本好きのための職業図鑑 背筋さんが語る職業としてのホラー作家 「誰かの死」扱っている事実 忘れず 朝宮運河
-
小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 新潮新人賞・有賀未来さん 冷笑しない18歳「戦争もアイデンティティも、小説はわからなさを受け止める手段」 清繭子
-
インタビュー 原田ひ香さん「#台所のあるところ」インタビュー ハッシュタグのつながりの奥に広がる、ままならない人生 樺山美夏
-
トピック 未開の研究分野に挑戦し続けた日本語学者・山口仲美さん 著作集別巻『日本語の問題』刊行記念インタビュー PR by 風間書房
-
トピック 【PR 光文社・創英社・みすず書房・ミネルヴァ書房】プレゼント 朝日新聞1面広告の本、好書好日メルマガ読者計20名様に
-
コラム 「海をわたる言葉 翻訳家ふたりの往復書簡」中江有里さん書評 出逢いの不思議が生んだもう一つの〝家族〟 PR by 集英社
-
トピック 【プレゼント】柄谷行人さん最新作「私の謎 柄谷行人回想録」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 平石さなぎさん「ギアをあげて、風を鳴らして」インタビュー 描いてわかった「シスターフッド小説」の魅力 PR by 集英社
-
インタビュー 江國香織さん「外の世界の話を聞かせて」インタビュー 頭の風通し良く、気持ちさっぱり自由になって PR by 集英社
-
インタビュー 【サイン入り本プレゼント】一木けいさん「嵐の中で踊れ」インタビュー 避難所で起きた再生の群像劇 PR by NHK出版