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フルポン村上の俳句修行 俳人が集うバー・銀漢亭でひとりノンアルコール

文:加藤千絵、写真:樋口涼

 「銀漢亭」というそのバーを仕切るのは、店主の伊藤伊那男さん。「銀漢=天の川」の名の通り、1949年7月7日生まれで、結社「銀漢」の主宰でもあります。俳句で大切にしているのは、見たものを正確に写生して感動を伝えること。「見たものが目から体の中に入り、体の中を駆け巡って五七五という文字になる。その間にいやでもその人の主観が入るから、余分な心情は加えないで、写生に徹します」

 俳句は「仕事以外に自分を表現できるものがほしい」と、会社員をしていた33歳で始めたと言います。激動のバブル期を過ごし、一時は4000億円の負債を抱える会社の社長を任されたこともありましたが、それらを整理してから2003年に銀漢亭をオープン。当初は俳人が集まる場所にするつもりはなく、「俳句の仲間が2割、街のお客さんが8割」だったそうですが、誘い合って俳句を始める人が増えて、今では数字が逆転しているとのこと。お店のカレンダーにはびっしりと、句会の予定が書き込まれています。

「銀漢亭」オーナーの伊藤伊那男さん。最新の句集「然々と」で第58回俳人協会賞を受賞した
「銀漢亭」オーナーの伊藤伊那男さん。最新の句集「然々と」で第58回俳人協会賞を受賞した

 村上さんと3月12日の夜に訪れたのは、そんな句会のうちの一つ「火の会」。十年以上前に「たまたま飲みに来た人が始めた」という句会です。気軽に誘ってもらったものの、当日おじゃましてみると伊那男さんはもとより「橘」主宰の佐怒賀直美さん、「天為」編集長の天野小石さん、「街」編集長の竹内宗一郎さんら、結社に所属していたり句集を出していたりするベテラン俳人ばかり。「やばい、やばい」とつぶやきつつ、村上さんも宿題の句を提出しました。

 この日のお題は、関西でよく知られる魚の「いかなご」、春になっても出しっぱなしの「春炬燵」、「局」の字、そして「すじ(すぢ)」という音のいずれかが入っている7句でした。村上さんの句は以下の通りです。(原文ママ)

・いかなごの釘煮香らぬ独身寮
・履歴書は空欄のまま春炬燵
・CMをまたぐ告白春炬燵
・春炬燵夫(つま)の忘れたスマートフォン
・春の雲郵便局へあと十歩
・劣勢の角筋にひとひらの花
・春の暮スジ肉煮込むとろ火かな

 普段は10人前後の会ですが、この日集まったのは伊那男さん、村上さんを含めて15人。おのおの持参の句を提出すると、早くもみなさん、ビールを飲み始めます。村上さんと出身地について語る人、「(毒舌先生として活躍する俳人)夏井いつきさんよりも厳しいこと言っちゃうかもしれないよ?」と絡む人、「一句も選に入らなくても大丈夫」と早くもなぐさめる人、「どっかで見たことある顔だと思ったら、フルポン村上か!」と遠慮のない人。句会の後、次の仕事が控えていたノンアルコールの村上さんはときどき、苦笑いを浮かべています。

 ビールに続き、2杯目の焼酎を飲む人も現れて、なんだか心配になってきたところで締め切りの午後7時になりました。15人が7句ずつ提出した句を3人が手分けして一気に紙に清書し、コピーして配って、選句が始まります。すると先ほどまでのおしゃべりがピタリと止まり、店内に流れていた音楽もやんで、急に無音に。20分間で集中して105句を読み、特選1句を含む7句を選びます。最多の5点を集めたのは太田うさぎさんの句でした。

蛤が口開く御堂筋の夜 うさぎ

峯尾文世:これが京都だったら絶対取らない。ちょっと情がが強くなっちゃうので。「筋」っていう詠み込みを無理なく使ってるし、料理のことを具体的に言わなくても、火も出てくるしにおいも出てくるのがよかったと思います。
伊那男:どーんと海につながってるような感じがありますね。
直美:御堂筋がおもしろいのと、シジミとか小さい貝じゃなくて蛤の大きさがいいですよね。量感、質感が御堂筋にぴたっと来てる気がしておもしろいなあと思いました。

最高点の句をつくった太田うさぎさん
最高点の句をつくった太田うさぎさん

 続く3点句は「古書店のレジの後ろの春炬燵 小川洋」「蝶来る局所麻酔の効きしごと 宗一郎」「土筆野に基地局建ててそれつきり 大塚凱」「牛筋を煮込む春昼眠くなる 寺澤一雄」など9句。そのうちの2句はなんと、村上さんの「春の雲郵便局へあと十歩」と「CMをまたぐ告白春炬燵」でした。

凱:(郵便局の句は)最初明るい句かと思ったんですけど、よく考えたら「あと十歩」っていう、歩けない句なんですよね。って考えるとちょっと味わいが深くなる。

 「膝痛めてるのね」「これ、たぶん(膝の)お皿が割れてるな」「松葉杖感」「ゆうちょに行かないといけないんですよ。ゆっくりでも行かないといけないっていう」

 時計の針が進むと、お酒も進む。だんだん発言が自由になり、豪快な笑いも響きます。ただし合評は真剣そのもの。「CMをまたぐ告白春炬燵」の句は、読み方が分かれました。

宇志やまと:結婚の告白なのか好きだって告白なのか分からないけど、一気に言えない。間にCMを入れないと落ち着いて言えないっていうのが春炬燵の雰囲気とすごく合ってて、植物男性系の詠んだおもしろい句かなと。
直美:すごい現実感のある句で、春炬燵(の季語)が効いてるんじゃないですかね。ちょっと浮かれて、ほろっと出ちゃったみたいな感じがね。
うさぎ:私はちょっと勘違いしていて、バラエティー番組とかってバチャーンと(告白を)やって、ちょっと気をもたせてCMが入って、またその続きをやったりするじゃないですか。そういう番組を春炬燵で見てるっていう。

 句を詠んでいる本人が告白しているのか、告白するテレビ番組を春炬燵で見ているのか。どちらにも読めますが、「本人が告白していると読んだ方がおもしろい」という意見がやや勝っている印象でした。

 その後、村上さんの句は「履歴書は空欄のまま春炬燵」に2点、「劣勢の角筋にひとひらの花」に1点が入って、提出した7句中4句に点が入りました。点が入ったすべての句評を終えると、あっという間に2時間がたち、参加者は待ってましたとばかりに宴会開始。伊那男さん手作りのブリ大根にわかめの酢の物、お椀などが次々と運ばれ、日本酒の瓶が開きます。善男善女の、いつまでも続きそうな宴に後ろ髪をひかれつつ、次の仕事に向かった村上さんでした。

句会後の村上さんのコメント

――「一句も選ばれなくても大丈夫」ってなぐさめられていた割に、最終的に4句も選に入りましたね。

 今回は「春炬燵」以外のお題がむずかしかったんですけどね。「いかなご」は地方性のある食材でもあるし、まったく知らなかったので、いかなごの句に関してはかなり浅いところにいったな、と自分でも思います。

――「CMをまたぐ告白春炬燵」の句は選んだ3人のうち2人の特選で好評でしたが、春炬燵で、CMをまたいで告白したことあるんですか?

 これは最近テレビ番組の企画で、僕が実際に番組の中で告白したらそれが単純にCMをまたいんだんですよ(笑)。そこからのイメージです。句会では読みが分かれましたけど、どっちでもいいんです。「春炬燵」には冬の炬燵より少しこう、怠けているという感じがあって、その中でテレビを見るというのも、一緒の炬燵に入るくらいの関係ではあるんだろうなと。なんか告白に至るまでの間って、詩があるじゃないですか。「CMをまたぐ」っていうのが、ちょうどいい間かなって思ったんです。この句に関しては、ちょっとだけほかの人が見つけにくいワードは入れられたかな、と思います。でも今回の句会の印象として、みんなおもしろいことやってるなと思いましたね。

――小川洋さんの「amazonに探すいかなご用魚醬」とか竹内宗一郎さんの「丹念に春画見てゐる春炬燵」とか、ベテランぞろいの句会でしたが遊び心のある句が多かったですね。1句の中に「局」も「筋」も「春炬燵」も入れて「努力賞」と言われた佐怒賀直美さんの「終局の手筋読まるる春炬燵」なんて句もありました。

 みんなサービス精神が旺盛だなって。ああいうのはいいなって思うんですよね。一作品としての完成度を高めるだけじゃなくて、話題性のあるものを持ってこようとする、っていうその遊び心はすごくいいなと思うし。

 僕も何回か句会に参加してきて、最初は「恥かいたらどうしよう」っていうのがあったんですよ。「こいつ目立とうとしてんじゃん」とか「変なことやりに来てんじゃん」とか思われたらどうしよう、と思って。でもそうやって無個性化してくよりは、いろいろやった方がいい。あんな年上の人たちが好き勝手やってるし、全然いいんだなっていう。意外とみんな怖くないんだなっていう気づきはありましたね。

――今回はバーでの句会でしたし、これまでとは雰囲気も違いました。

 句会ってどうしても堅苦しいとか、高尚であるとか、お勉強みたいなイメージを持つ人もいるじゃないですか。けど本当はゴルフを趣味でやってる人と同じで、楽しいからやってるわけですよね。それを如実に感じたし、だからって適当にやってるんじゃなくて真剣なんです。お酒の席で、持ってきた句についてああでもない、こうでもないって屈託なく言えるっていうのは、俳句を通していい人間関係ができてて、すごくいいなって思いました。僕らも、芸人が集まったところでいちいち会議室をとってお笑いのことを語るわけじゃないんで。飲みの席で「こういうボケ考えてるんですけどどうですか」「こうした方がいいんじゃない」って言って笑い合うことがあるから、それに近いなっていう風に思いましたね。

 僕も俳句を勉強中なんですけど、やっぱりこう、お勉強ではなく、あくまで楽しむエンターテインメントなんだよ、ていうのが結局は大事かなと思いました。大笑いできるわけじゃないし、みんなにほめてもらえる訳じゃないと思うんですよ。いい俳句作れるからってコンパでモテるとは思わないけど、俳句を介してあれだけの人が楽しそうにしてたら、付随するプラスはあるだろうなと思いました。そういう感覚でやった方がよりいい句を持っていこう、っていうモチベーションにもなりますね。

【俳句修行は次回に続きます!】