被災者に思いを寄せる、と言うのは簡単だが、本当に気持ちを理解しているのかと問われたら、思わず口ごもる。毎年大きな災害が報じられ記憶に焼きついていても、被災者個々の苦しみとなると容易に想像できるものではない。この作品の主人公が向き合うのは、そんな現実だ。
ロック好きの今風の高校生の主人公は、タイムスリップでなんと1945年8月6日の広島に飛んでしまう。原爆投下に遭遇し、繰り広げられる惨状。緊迫するドラマの中で、やがて彼の脳裏に浮かんできたのは、子供時代の3・11の記憶だった。言葉にならない他人の悲しみを、自分はどこまで理解できるというのか。葛藤の中で主人公は目の前の現実に立ち向かう。
思い切ったテーマだ。これを正面から描いていることにまず驚いた。軽々しくは描けないテーマだが、それを一見軽そうな商業マンガのスタイルで、あたりまえに描いている。安易に描いているのではない。しかし大上段に構えることなく、高校生の等身大の経験としてマンガを描ききっている。そのまっすぐさに、引き込まれた。制作者には苦労も多い作品だと思うが、この物語がたどりつくところを期待して最後まで見届けたい。=朝日新聞2019年4月6日掲載
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