「居るのはつらいよ」書評 傷と癒やしめぐるハカセの苦闘
ISBN: 9784260038850
発売⽇: 2019/02/18
サイズ: 21cm/347p
居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書 [著]東畑開人
きょうび、通勤電車で本を読む人は少数派。まして、読みながらクスクスと笑う人間は薄気味悪かろう。周辺の空間が少し広まった気がした。
著者は、カウンセリングで食おうと27歳で社会に出る京大出のハカセ。「幕末の志士が命を燃やし尽くした年齢になってようやく、僕は就職活動をすることになった」。職探しは「即座に座礁」、初仕事は「とりあえず座っている」。しかも、メインの業務はカウンセリングではなくデイケアだった。職場での体験やその考察は、自虐的で脱力した筆致で語られる。笑いの波長が合ってしまった。
「動かざること、デイケアの如し」から一変して勃発する騒動。接する人々の言動に戸惑い、ぶつかり合う場に直面しては考えるハカセ。精神科デイケア施設で「居る」は簡単ではない。それらを通して、ケアとは何か、セラピーとは何かを解き明かそうとする。
「僕はね、これをガクジュツ書のつもりで書いてます」「あくまで『臨床心理学』っていうガクモンなんですよ」。ときに登場する学術的な引用は、著者の言葉でかみくだかれ、現場体験を引き合いに語られ、からだに染みこんでいく。
笑いはいつしか共感に変わる。だれもが自分でも何かを抱え、寄り添いたい人もいるだろう。ハカセの苦闘は内面に響き、沈殿するものを見つめ直したい気持ちにさせられる。
「デイケアで僕はケアされる」「ケアされることで、ケアする」。職員をケアすることで患者が救われる。混ざり合う傷と癒やし。傷つき、もがきながらハカセが導いていく答えに少し気持ちが解放される。そうか、そう考えていいんだ。つい、ため息、独り言が漏れる。また、満員電車で周辺の空間が広まった。
「エビデンスと効率性の透明な光」では映し出されない価値がある。帯にある「大感動のスペクタクル学術書!」に納得。ハカセの叫びが伝わってきた。
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とうはた・かいと 1983年生まれ。臨床心理士。十文字学園女子大准教授。著書に『野の医者は笑う』など。