1. HOME
  2. 書評
  3. 「開かれた対話と未来」他1点 沈黙やしぐさからも思いは伝わる 朝日新聞書評から

「開かれた対話と未来」他1点 沈黙やしぐさからも思いは伝わる 朝日新聞書評から

評者: 都甲幸治 / 朝⽇新聞掲載:2019年09月28日
開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる 著者:ヤーコ・セイックラ 出版社:医学書院 ジャンル:医学

ISBN: 9784260039567
発売⽇: 2019/08/26
サイズ: 21cm/345,27p

オープンダイアローグがひらく精神医療 著者:斎藤環 出版社:日本評論社 ジャンル:医学

ISBN: 9784535984653
発売⽇: 2019/07/09
サイズ: 21cm/269p

開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる [著]ヤーコ・セイックラ、トム・アーンキル/オープンダイアローグがひらく精神医療 [著]斎藤環

 あなたを助けたい。苦しむ者を前にして人はそう思う。そして、間違いを指摘する。良いやり方を助言する。だが「叱咤や批判で変わる人はいない」。かくして相手は心を閉ざし、全力で抵抗する。
 なぜ善意は失敗するのか。「正しい」言葉を発した瞬間、相手は正しくない者になる。いいからお前は私の言うとおりにしろ。こうした言葉は暴力でしかない。そして苦しむ者をより苦しめる。
 ならばどうすればいいのか。視点を変えよう、と斎藤は言う。苦しむ者の言葉も、善意の助言も、実はともに独り言でしかない。そして独り言は悪い方向に行きがちだ。
 だからこそ、対話が必要なのだ。苦しむ者の言葉を病的だとか妄想だとか決めつけず、しっかり耳を傾けてみよう。途中で遮らず最後まで聞いてみよう。
 そのとき伝わってくるのは言葉の内容だけではない。声のトーンや表情、身体から立ち上る雰囲気まで、あらゆる情報がやってくる。そこに全身を浸しながら、今度は自分の中に湧き上がる言葉を返す。このとき沈黙や仕草もまた重要な意味を持つだろう。
 独り言を対話に開くこと。オープンダイアローグとは、そういうことだ。そこには何の魔術もない。だがこの手法がフィンランドの北部にある、設備が充実しているとは言えない小都市の病院で生まれ、精神医学の革命となった。
 オープンダイアローグを行っている地方では、通常の治療よりかなり良い結果が出ている。そして精神疾患の患者の多くが順調に社会復帰している。だが実はこの手法では、患者を治そうとしない。
 病院に連絡があると、即座にチームが組まれる。そのチームは基本的に、治療の終わりまで変わらない。しかもそのチームに医者だけではなく、看護師や患者の家族、友人までが含まれる。
 そして全員の発言が尊重される。「受付窓口の看護師の声は、医師の声と同じくらい重要です」。そこには完全な平等がある。もちろん患者の言葉も同じだ。
 チームは患者の危機という、未曽有の経験を言い表す言葉を協力して探る。それは果てしなく創造的な作業となるだろう。この経験は患者にとって未知なだけではない。メンバーそれぞれにとっても未知のものだ。
 だからこそ、みなが共に進化する必要がある。自分は変わらず、相手だけ変えようとする不毛な姿勢はここにはない。やがて治癒がおとずれることもあるだろう。だがそれは成長の副産物でしかない。
 あえて治癒を目指さない姿勢は、北海道浦河町の「べてるの家」にも共通している。真の変革は地方から生まれることがよくわかる。
    ◇
 Jaakko Seikkula ユヴァスキュラ大教授。臨床心理士。Tom Erik Arnkil フィンランド国立保健福祉研究所教授▽さいとう・たまき 1961年生まれ。精神科医。オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン共同代表。