「黒人小屋通り」書評 カリブ海周辺文学の「少年時代」
評者: いとうせいこう
/ 朝⽇新聞掲載:2019年06月01日
黒人小屋通り
著者:ジョゼフ・ゾベル
出版社:作品社
ジャンル:欧米の小説・文学
ISBN: 9784861827297
発売⽇: 2019/03/20
サイズ: 20cm/294p
黒人小屋通り [著]ジョゼフ・ゾベル
これは1950年に出版された、いわゆるカリブ海文学の古典で、マルチニック島で生まれ育ったジョゼフ・ゾベルが自伝的に一人の貧しい少年を主人公に、彼が差別の中、学びの力で独立していく様子を描く。
ただしカリブ海文学というくくり自体が複雑で、近くのトリニダード・トバゴはイギリス連邦加盟国、プエルトリコはアメリカ合衆国の自治領という体制、そしてハイチはあまり知られていないがフランス革命直後に黒人たちが蜂起して独立した国。そして今回のゾベルが文学をなしたマルチニックは現在もフランスの海外県である。
したがってカリブ海文学は、基本的に様々な占領者の側の言語で書かれる。その使用言語の中にもはや方言以上の、被占領者ならではの言葉が混入すればクレオール文学となるが、フランス語で書かれた『黒人小屋通り』はそうなる以前の素朴な状態を示し、カリブ海周辺の文学の「少年時代」を伝える。