見つめるという行為において、私はいつもひとりきりだ。世界に対峙(たいじ)しているというのに、自分自身の瞳しか、そこにはなく、静かに溶けていくように、世界をありのままで見つめようとするその時、私は私という存在が、私の背後で浮き彫りにされているのに気づいていた。同じものを見つめているふりをして、みんなと同じような感想を言って誤魔化し続けているが、本当は違う、私は決して世界の前で、「私たち」には、「みんな」にはなれない。たった一人の人間として、花も空も猫も虫も電柱も車も、見つめなければいけない。
熊谷守一の絵を見ると、その「ひとりきり」が決して足りなかったり虚(むな)しかったり心許(こころもと)ないなんてことはなく、ただ、自然の分厚さ、複雑さに満たされていくばかりだと、思い出される。この人の絵が、脳から離れない、感情の壁にいつまでも掲げられているように感じるのは、それでもその自然が、「ひとりきり」の瞳を、熊谷守一の瞳を、見つめ返すようにして静かに通り抜けてきたと、はっきりと感じとれるからだろう。=朝日新聞2019年6月1日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 奈良敏行さん「町の本屋という物語 定有堂書店の43年」インタビュー 「聖地」の息吹はいまも 朝日新聞読書面
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社