見つめるという行為において、私はいつもひとりきりだ。世界に対峙(たいじ)しているというのに、自分自身の瞳しか、そこにはなく、静かに溶けていくように、世界をありのままで見つめようとするその時、私は私という存在が、私の背後で浮き彫りにされているのに気づいていた。同じものを見つめているふりをして、みんなと同じような感想を言って誤魔化し続けているが、本当は違う、私は決して世界の前で、「私たち」には、「みんな」にはなれない。たった一人の人間として、花も空も猫も虫も電柱も車も、見つめなければいけない。
熊谷守一の絵を見ると、その「ひとりきり」が決して足りなかったり虚(むな)しかったり心許(こころもと)ないなんてことはなく、ただ、自然の分厚さ、複雑さに満たされていくばかりだと、思い出される。この人の絵が、脳から離れない、感情の壁にいつまでも掲げられているように感じるのは、それでもその自然が、「ひとりきり」の瞳を、熊谷守一の瞳を、見つめ返すようにして静かに通り抜けてきたと、はっきりと感じとれるからだろう。=朝日新聞2019年6月1日掲載
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