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#13 食べることに集中するための「鮭かま」弁当 喜多みどりさん「弁当屋さんのおもてなし」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
千春は苛立(いらだ)ちのままぶっすりと鮭かまに箸を突き刺し、そして結局、身をほじくり出した。左手も使い、骨からこそげとった身を、一口食べる。……美味しい。脂はよく乗っているが、焼き方のおかげかべたべたした感じはない。鮭の豊かなうまみが口の中に広がる。ご飯が食べたくなって、交互に食べて行くと、腹の底から、じわじわと熱がこみ上げてくるような感覚が生まれる。(中略)彼は千春のために、この弁当を作ってくれたのだ。(『弁当屋さんのおもてなし ほかほかごはんと北海鮭かま』より)

 日本各地には、美味しい名物がたくさんありますよね。旅先ではつい欲張って「このお店でコレを食べなくちゃ!」と食欲が暴走しがち。特に、山海の幸が豊富な北海道なら、ラーメンにカニ、ソフトクリーム……と、あれこれ目移りしてしまいます。今回ご紹介する作品は、北海道・札幌市の歓楽街「すすきの」の端にあるお弁当屋さんのお話です。路地裏でひっそりと営業している小さなお弁当屋さんにも「ここでしか味わえない美味しいもの」があるのです。

 恋人に二股をかけられ、傷心状態のまま札幌市へ転勤したOLの千春。慣れない北国の寒さと失恋で、心身ともに弱っていたある日、仕事帰りに偶然見つけたお弁当屋さん「くま弁」に立ち寄ります。ここ数日、体調のすぐれなかった千春ですが、何となく「北海道名物だから」と、鶏肉を揚げた「ザンギ」弁当を注文します。すると「くま弁」の店員・ユウから渡されたのは、一枚のメモと、注文とは違う鮭かま弁当でした。本作の舞台である北海道出身の著者、喜多みどりさんに、北海道の食べ物や、思い出のお弁当のお話などを伺いました。

北海道の人は「北海道のもの」が大好き

——北海道出身の喜多さんが思う「北海道のお弁当屋さんならでは」という特徴はありますか?

 北海道の人は「北海道のもの」が大好きなことが多いように思います。おにぎり屋さんなら山わさび入りのおにぎりがあったり、ローカルのコンビニエンスストアには、鶏肉ではなく、豚肉とネギを串にさして焼いた「やきとり弁当」が売っていたりと、北海道ならではの食材や食文化があるんですよ。そういう独自性が愛されているお店が多いなという感じがします。

——ご自身が今までで一番印象に残っているお弁当を教えてください。

 北海道を中心に展開しているコンビニ「セイコーマート」で、学生時代によく買って食べていた「三色鶏飯」です。鶏の照り焼きと鶏そぼろに炒り卵、という鶏づくしな組み合わせなんですが、美味しくて値段もお手頃で、お腹にもたまる、という奇跡みたいなお弁当でした(笑)。学祭の準備やサークルの集まりがある時によく食べていたので、私にとっては青春時代を代表するようなお弁当なんです。

——心優しいイケメン店員・ユウさんもステキですが、北海道のからあげ「ザンギ」や、ホッケのフライなど、種類の豊富さも「くま弁」の魅力ですよね! 作中に出てくるお弁当のメニューは毎回どのように決めているのですか? 

 北海道の食材をできるだけ使いたい、北海道の美味しいものを知って欲しいという思いで調べたり考えたりしています。べこ餅やラーメンサラダなど、お弁当になりにくいものは他の場面に盛り込むようにしています。私は生まれてから四半世紀くらい北海道で暮らしていたので、子どもの頃からの思い出と北海道の食べ物が結びついているんです。そうすると、調べているうちに個人的な記憶がよみがえり、どうしても懐古の気持ちが出てくるんですよ。でも、主人公の千春は道外出身者なので、北海道の食べ物を純粋に珍しがったり面白がったり、時には突っ込んだりするので、そこが私自身も書いていて新鮮です。

——それまでは、スマホをいじったり本を読んだりと、片手で何かをしながら食事していた千春が、両手を使い、一心不乱で身をほじりながら食べたのが鮭かま弁当です。食べたいものを聞かれ「カニ」と答えた千春が、心のどこかで「食べることに集中したい」ことを察したユウさんの、優しいお節介から生まれたお弁当なんですよね。

 私は「お弁当」というと、焼き鮭と卵焼きがパッと思い浮かぶんです。どこのお弁当屋さんにもあるような、ありふれたおかずが入ったお弁当なら、読者の方にも身近に感じてもらえるのではないかと思い、千春が「くま弁」で最初に食べるメニューに決めました。余計なことは何も考えず、ただ「食べること」に集中できるようなものを、と考えた時に、切り身ではなく、食べる時に指が脂でベトベトになる「鮭かま」なのがちょっと定型から外れていて「気になる食べ物」になるんじゃないかと思ったんです。後は、この話を書いていたころの私自身が鮭かまにハマっていたという、単純な理由もあるんですけどね(笑)。

——とら豆の甘煮や五目きんぴらなど「くま弁」のお弁当は副菜も充実していますよね。甘い、しょっぱいなど、味のバランスがとれていて「一弁」で満足できそうです。

 とら豆は北海道が主産地なので、ぜひ作中に登場させたいと思っていました。ちょっと懐かしい感じのおかずの方が、心身ともに疲れていた千春がほっとできるんじゃないかなと思ったんです。私はよく、北海道の実家から色々な種類の豆を送ってもらっていたのですが、レシピをちゃんと見て作っても自分ではなかなか上手に炊けず、いつも皮が固くなってしまうんです。その悔しさから、せめて千春には美味しい煮豆を食べてもらおうと、鮭かま弁当の副菜に決めました。

——先月、新刊の5巻が発売されましたが、喜多さんが本シリーズを執筆されるにあたり「くま弁」をどんなお店にしたいと考えていらっしゃいますか? また、今後「くま弁」で出してみたいメニューを教えてください。

 基本的にお弁当は持ち帰って食べるスタイルの食事です。千春のようにお店で食べていく人もいますし、食べる場所は自分で選べますが、ケータリングを除けば「くま弁」の営業時間から考えて自宅で食べるという人が多いでしょう。自宅でくつろいだ時に、不安や罪悪感などなく、穏やかな気持ちで食べられるお弁当を提供するお店であってほしいと思っています。人によっては、その食事を通して、肩の力が抜けて楽になったり、元気になったりして、前へ進む活力に繋がることもあると思います。

 今後のメニューは秘密ですが、北海道にはまだまだ美味しいものがたくさんありますので、ぜひ期待していてください。